第6話 持統天皇之章①

 全国各地に点在する有名アニメショップの総本山、中に入るとしかしその面影は完全に消え失せていた。よくこの短時間でたくさんの商品を片付けたものだ。恐るべし池袋秩序管理局。

 ここに来る途中、何度か人を見かけはしたがその総てが女性だった。そしてこの建物内にいるのもやはり女性ばかりだった。なるほど、これが楽園の楽園たる所以か。と妙な事に感心している間にも一行は奥に進む。

「ここで待て。持統天皇エンプレス ジトウがお見えになる」

 持統天皇! 百人一首で二番目に位置する女帝、そうか、読めた。ここは女帝が治める女性の世界! しかし思ったよりも大物が出てきたのは不味い。百人一首で有名な程その力も強いということであれば、はたして蝉丸さんが勝てるかどうか。

「ほぅ、持統天皇セカンドときたか。マスターよ、歴代皇帝ロイヤルナンバーズはその力で天候さえも変えてしまうという。六歌仙ゴッドシックスとはまた違った強大な力を持っておる。気を付けぃ」

 やっぱりか、どうも雲行きが怪しくなってきた。ん? でも天候を変える? 東京の霧もこの類なのでは……

「静まれ! 持統天皇エンプレス ジトウの御前である」

 気付けば一人の高貴さに溢れた女性と、その脇にもう一人、真っ黒いフリフリの衣装に身を包んだ女性が佇んでいた。所謂ゴスロリというやつだろうか、部屋の中だというのに黒い日傘までさしている。

 一瞬その奇抜なファッションに気を取られた僕だったが、もう一人の女性、十二単を纏ったその姿に目を向けた時には驚きのあまり思わず声が出そうになっていた。

「あ! 貴女は!」

 いや声はしっかり出ていた。それもそのはず、彼女は僕の夢に出てきた悲しみに暮れる女性だったからだ。しかしその凛とした表情に悲しみの影は無く。あの夢はいったい……

「こら、静まれ! 陛下、この者が我らが『池袋管轄区イケブクロリバティー』に侵入を謀った不届き者にございます。ご沙汰を」

「あいわかった。其方らは下がるがよい」

 持統天皇と黒ずくめの女を残して警備兵と思しき女性達が去ってゆく。

「あ、貴方が持統天皇なのですね? 僕は夢島ゆめのしま貫之かんじといいます。さっきの女性には怪しい者と言われここまで連れてこられましたが、僕には貴女方と争うつもりはありません」

「わかっております。先程は近衛の手前、強気な口調をとりましたが貴方がここへ来ることはわかっておりました。それにお久しゅう御座いますね、蝉丸翁」

「ふむ、持統天皇セカンドも元気そうで何よりじゃな。しばらく見んうちに美しさに磨きがかかったようじゃのぅ」

 なんだ、蝉丸さんとは仲良しだったのか。言ってくれればこれほど身構えなくてもよかったのに。でも僕が来ることがわかっていたとはどういうことだろう? そう思っていると、僕の考えが透けたのか、持統天皇が再び口を開いた。

「私の歌術『春過ぎて夏202Xフォーサイトビジョン』は少し先の未来がわかるのです。貴方がここに来ること、そしてここに来た目的も私にはわかっています」

 駄目だ! 202Xが気になり過ぎて話が入ってこない!

「些細な事を気にしてはなりません! これから私が言う事を確り聞くのです」

 なるほど未来が読めるというのは本当らしい。話が早くて助かる。

「残念ながら貴方が求めるものはここにはありません。私の力ではこの霧はどうにもならないのです。しかし霧を晴らす方法ならわかります。天智天皇エンペラル テンジを探しなさい。かの者はこの東京の何処かに捕らわれています。見つけて助け出すのです。そうすれば天智天皇の歌術『衣手を滴う露カラミティブラシュオフシャワー』が東京を覆う霧を晴らすでしょう」

 天智天皇か、これは良い情報だ。明確な目的が出来た。

「私は既にここを動くことが叶わぬ身、貴方に私の願いを託します。真理まりを連れてゆきなさい、貴方の力になるでしょう。お願いするわ、真理。彼を助けてやってちょうだい」

 隣の彼女は真理まりというのか。おかしな恰好だけどどうやら僕と同じ普通の人間らしい。彼女も詠人召喚士ポエトマスターなのかな。

「いいの? 私が居なくて大丈夫?」

 心配そうに声をかける彼女のそれは主従というより友人のようだ。

「心配要りません、私には多くの近衛がいます。この池袋管轄区イケブクロリバティーそしてこの建物にいる限り私は安全です」

 そう、と彼女。

「さあ行くのです貫之さん、貴方の居場所はここではありません。私はここで貴方の選択を見守っています」

「行くわよ、貫之」

 真理が颯爽と部屋を出てゆく。蝉丸さんと僕もその後に続く。ああでもその前に一言言っておかねば。二人だけになった部屋で僕は振り向かずに口を開いた。

「ええと、持統さん。貴女が僕がここに来ることを知っていたように、僕も貴女の事を知っています。貴女、泣いていましたね、そして今も泣いている。天智天皇というのは貴女の思い人ですか? 駄目ですよ、自分の事は自分でなんとかしなきゃ。まあ今回は僕が代わりにやりますけどね。こんなとこで王様ごっこしてちゃ、きっと後悔しますよ」

 僕はそう言って蝉丸さんと真理の後を追った。後ろで彼女のすすり泣く声が聞こえた、ような気がした。


 某アニメショップを出ると入口で真理が待っていた。

「遅いわね、全く何してたのよ」


「ごめんごめん、中で迷っちゃってさ。それよりこれからどうしようか? 今日は一度家に帰る?」

 時間は午後5時、霧のせいもあってか空はほんのり暗い。

「帰るっていってもあなた家は近くなの? 暗くなると移動も困難よ」

「家は吉祥寺だけど、蝉丸さんがいるから大丈夫だよ。ええと、真理さんも送っていくよ、家はどこ?」

「私の家はここよ、たった今追い出されたわ。だから今日はあなたについて行く」

 ついて来る? 僕の部屋に泊まるってことか? そりゃまずいな。態度はちょっと偉そうでも見た目は少女。なんとか条例とかに引っ掛かりそうだ。

「何してるのよ、どうやって行くか知らないけど、さっさとしなさい。いちいち行動が遅いわね」

 そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、急かす真理。

「わかったよ、とりあえず僕の部屋に戻ろう。蝉丸さんお願い」

 ふむ、とゲートを開く蝉丸さん。僕たちはその門をくぐる。

「さあ着いたよ、ここが僕の部屋だ」

「凄いわね、あなたの詠人……どこでも自由に行けるの?」

 そう言いながら遠慮無しに僕のベッドに腰かける真理。

「僕が知っている場所なら行けるようだよ。でも理由は解らないけど東京からは出られないみたい。それはそうと、真理さん、寝る場所はどうする? 生憎予備の布団とか無いんだけど」

 僕は蝉丸さんをシステムに戻しながら尋ねる。

「寝る場所? 寝る場所なんてベッドに決まってるじゃない。ああ、あんたはそこの廊下で寝なさい」

 絵に描いたような横暴。ここまでくると逆に清々しいな。まあ仕方ない、僕は紳士だ。

「わかったよ、じゃあ僕はそこのソファで寝るとするよ」

「え? 何言ってるの? あなた私と同じ部屋で寝るつもり? とんだ恥知らずね」

 ぐぬ、清々しさを通りこすとやっぱり怒りが湧いてくるらしい。ええと、確か寝袋が仕舞ってあったよな……

「そうだ、お茶でも飲むかい?」

 気分を落ち着かせるために僕はポットでお湯を沸かす。こんな時はとっておきの一杯に限る。

「気が利くわね、頂くわ。粗茶」

 ちっ、今に見ておれ、目に物見せてやる。僕は淹れたての紅茶を彼女の前に置く。

「ふぅん、薄い色、白湯かしら? カップだけは一人前ね、まあ頂くわ……え? これ、ダージリン春摘一番茶ファーストフラッシュ!」

 お! わかるのか。秘蔵のダージリンファーストフラッシュ202X、アスタロト茶園の特が三つほど並ぶ高級品。

「茶葉の品質だけじゃないわ。渋みが出る一歩手前で最大限に香りを引き出している、あなた……やるわね」

 勝った! そりゃそうだ、特に何の取柄も無い僕だけど、お茶に関しては大須の紅茶狂メイドクレイジーティーチャー直伝、不味かろうはずがない。

「少し見直した。いいわ、あなた、今日はそこのソファで寝なさい」

 やった! ソファを使う事を許された! なんという僥倖、一芸は身を助けるとはまさにこの事か。『お茶汲み係ティーメイカー』の二つ名は伊達じゃない。それにしても自分の家のソファで寝れる事をこれほど嬉しく思う日がこようとは夢にも思わなかった。

 おっと閑話休題、落ち着いたところで僕達は本題に入る。

「明日はどうしようか? 天智天皇を探すといっても当てが無いし、とりあえず東京駅に行ってみようと思うんだけど。さっき僕に詠人召喚システムを送ってくれたテイカーさんから返信があってさ、地下街で待つって」

 念のために送っておいたメールに返信がきていたのだ。どうやら八重洲地下街にいるらしい。レジスタンスというのも気になるし丁度良かった。

「東京駅? 首都解放戦線リベレイションフロントトキオね、まあいいわ」

 そんな名前だったのか。僕が知らない間に色々な事が起こっているらしい。

「それと知ってたら教えて欲しいんだけど、ここいらに詠人を強化したり合体させたりするような施設はないかな? なんか邪な館っぽい処」

「あなた詠人に関しては素人だと思っていたけど、最低限の事は知っているようね。あるわ、邪札の館じゃふだのやかたね。場所は秋葉原よ」

 あるのか! それにしても語呂が悪いぞ! もうちょっとこう、いや何でもない。しかし秋葉原ならこれは丁度いいかもしれない。秋葉原には東京に二人しかいない僕の友人のうちの一人が住んでいる。このご時世どうしているか気になってはいたのだ。

「そうね、街の様子も気になるし、秋葉原から東京駅まで歩くことにしましょう」

 明日の予定は決まった。その後は僕のここまでの行動や彼女の知っている情報をお互いに交換し、簡単な夕食を済ませ床に就いた。

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