第3話 蝉丸之章③

「あの、蝉丸さんの他にも詠人はいらっしゃるんですか? 僕が召喚できるのは蝉丸さんだけなのですが」

 道すがら僕は蝉丸さんに尋ねる。何せ僕はさっき詠人召喚士ポエトマスターになったばかりの謂わば素人だ。もしかしたら詠人である蝉丸さんのほうが事情をよく知っているかもしれない。

「おる。儂らは創造主により『選ばれし百人の歌人ハンドレッドポエト』として詠人召喚システムにより現世に顕現する力を与えられておる。儂以外にも九十九人はおるということじゃな。しかし儂のように既に顕現できているかどうかは知らんがの」

 なるほど、やっぱり百人一首が絡んでいたか。

「またマスターの中には複数の詠人を使役する者もおると聞く。まあ、お主には儂がいれば十分じゃろうて」

 確かに蝉丸さんの力は凄まじかった。でもどうせなら色んな詠人を召喚してみたいじゃない、なんかカードバトルみたいにさ。

「じゃあさっきの暴れてた怪物達ももしかしたら有名な歌人だったもしれないですねぇ。惜しいことしたなぁ」

「これ、あんな者どもと儂らを一緒にするでない! 彼奴らは無名の歌人の怨念が現人まれびとに乗り移っただけの云わば意思無き亡霊、『詠人知らずアンノウン』よ。歌術も使えん半端者じゃて」

 蝉丸さんの話では詠人召喚システムにより電子データの集合体としてこの世に顕現できるのが『詠人』、自らでは顕現する力を持たない怨念の集合体が『詠人知らずアンノウン』、その二つを合わせて『』というそうだ。

 あれ、じゃあさっきの門の中に消えていった詠人知らずアンノウン達は元は人間だったということか。

「蝉丸さんの門の中はどうなっているんですか? 消えていった人達はどうなったんでしょう?」

「知らん。そんなこと気にしたこともないわい。マスターはさっきからつまらんことばかり気に掛けるのぅ」

 そりゃ気になるでしょうよ。まあ気にしたってしょうがないのはわかるけど。

「あ、そうだ。蝉丸さん、ちょっと家に戻る前に寄りたいところがあるんですけどいいですか?」

 好きにせい、という蝉丸さんを引っ張って僕は一本横道に入る。確か前にこの辺でサバイバルショップを見かけたような気がする。通りかかった時にはこんな閑静な住宅街になぜ? と訝しく思ったものだ。


「あ、あった。サバイバルショップ『デリンジャー』、これだ」

 中に入ると髭の店主が仏頂面で座っていた。

「おい、にいちゃん、こりゃどうなっちまってるんだ。外が霧で何も見えねえ」

「僕にもわかりませんよ、街中怪物だらけです」

「何だって? 馬鹿言うんじゃねぇよ、何が怪物だ。そんでにいちゃんはその怪物だらけの街を爺さん連れてお散歩かい? 冗談じゃねえよ」

 この辺にはまだヨミビトは出ていないのかもしれない。店主は詠人知らずアンノウンの事を知らない様子だ。それにしても、にいちゃんって、僕はもうそこそこの歳だぞ。

「店主、素人でも軽くて使いやすいの一つお願いします」

「ふん、にいちゃんサバイバルゲームかい? それともこれから怪物退治ってか。面白ぇじゃねえか、よし、待ってろ、俺が丁度いいやつ見繕ってやる」

 そして店主が持ってきたのはブローバック式のハンドガンだった。

「『U.S.M9 PISTOL』どうだ、恰好いいだろう。ガスはサービスだ。もっとごついのが良けりゃ他の持ってくるがよ」

 それで結構と僕はスマートフォンの電子マネーを翳す。

 『マネー・カレイドスコープ・ペイ・システム』略して。キャッシュレス化に遅れた日本で試験導入され瞬く間に広がったのがこのマカペイだ。あらゆる通貨、あらゆる電子マネーと自動変換が可能でクレジット機能も有している、つまりこのシステムがスマートフォンに入っていれば何処に行っても何があっても大丈夫、という代物だ。

 その使い易さと設定次第で上限を超えて利用可能な仕組みに、人々は皮肉を込めて、悪魔の通貨、魔貨ペイと呼んだ。

「おい、にいちゃん、それ残高が足りてないけどいいのかい?」

 ん? そんなはずはない。確か十万円くらいは入っていたと思う。ハンドガン一丁くらいならわけもないはずだが……

「あれ? 本当だ、すみません、ちょっと待ってください」

「マスターよ、ちょっとええかの?」

 何だ、この忙しい時に。それより財布の中に現金も少しはあったはず。ここでクレジット支払いされてしまうと思いの外金利が高い。それが魔貨ペイと呼ばれる所以だ。

「マスターよ、実はな、儂らが顕現するためには大量の電子データが必要となる。顕現し続ける為にはそのデータを消費し続けねばならんのじゃ。そしてその出所は、というとお主が先程から気にしておる電子マネー、マカペイと等価交換され続けておるというわけじゃ」

 そうですかそうですか、それはよかったですね……え!? じゃあマカペイの残高が無くなってるのもそういうこと!?

「というわけで、マスターの電子マネーは底が尽きようとしておる。そうなると儂は実体化でき……ずに消え……しま……」

 そして最後まで言葉を発し終えないまま蝉丸さんは消えてしまった。多分マカペイの残高と共に。

 スマートフォンから再度蝉丸を呼び出してみる。……ああ、電子データ量が足りません、だと! これ は困った。

「店主、すいません、そのハンドガンは止めておきます。ええとこの現金で買える物は、あ、これにしよう、それとこれと」

 僕は近くにあった玩具のピストルとサバイバルナイフの安いやつを一本買うことにする。これなら辛うじて財布に入っていた一万円でお釣りがくるはずだ。

「にいちゃん、これ弾出ねぇぜ、それでもいいのかい?」

 そう言って髭の店主が肩を竦める。そう、これは火薬を詰めて音が出るというだけの玩具だ。でも無いよりはましだろう。

「また買いに来ます」

 会計を済ませて外に出る。蝉丸さんもいなくなったし、家までの道のりはこの小さなナイフと玩具で何とかするしかない。

 幸いこの近辺ではまだ詠人知らずもいないようだし、急いで部屋に戻ろう。


 そう思ってマンションまでの僅かな道のりを歩みだした矢先だった。向こうからこちらに向かって歩いてくる二人組、間違いない、あれはヨミビトだ。濃霧のせいでこの距離まで接近を許してしまったのだ。

 ただこれまでの詠人知らずとは雰囲気が明らかに違う。ふらつきもせずゆっくりとだがこちらに歩いてくる様子は人間のそれと大差ない。じゃあ何故ヨミビトだとわかるかって? そりゃ白昼堂々、平安装束に身を包み烏帽子かぶって街中を闊歩している現代人なんていないだろう。コスプレにしたって本格的すぎる。

 これは蝉丸さんが言っていた他の詠人かもしれないな。

「お!お前は現人(まれびと)でおじゃるか!」

「お!お前は現人(まれびと)でおじゃるか!」

 向こうも僕に気付いたようだ。

「聞きたいことがある故」

「聞きたいことがある故」


 同時に喋るのは止めて欲しい。頭がおかしくなりそうだ。どうも相手には荒事を起こすような気配は見受けられないが万が一ということもある。右腕の血も止まっているし、よし、ここは先手必勝で行こう。

 僕は先程買った玩具の銃を構え引き金を引いた。

 パアンッ!

 乾いた破裂音が霧の中に木霊する。

「ひぃえ!」

「ひぃや!」

 音に驚き腰砕けに倒れ込む二人。

「今度は外しませんよ、降参するなら両手を頭の上に上げて!」

 二人の前に交互に銃を突きつける。もちろんハッタリだ。弾は出ない。

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