空と白雪 short story

ねる

高嶺の天使(まこさん)

◇まこさんと弟の幼少期のお話◇

※残酷描写





「はい、これ。まおにプレゼント!」


 そう言って目の前の天使が差し出してきたのは、琥珀色の髪留めだった。


「え、こ、こんなのいただけません!」

「んー、気に入らなかった? 僕とおそろいなんだけどなぁ」


 天使は頬を膨らませ、不満げな視線を向ける。……そんな顔をされても、ぼくは返答に困ってしまう。


 ──このお方はボクの異母兄、咲良サクラ 真虎マコさま。

 咲良サクラ組の組長さまと奥さまの間に生まれた跡取り息子。組長さまと愛人との間に生まれ、誰からも白い目で見られるぼくとは違って、誰からも愛され認められるお方。


 本来ならぼくなんかがお目通りすることすらおこがましいのに、なぜかぼくに構ってくださる。


「まこさまと、お揃い……」

「まこさま、じゃなくて、にいさまって呼んで欲しいな。僕はお前の兄なんだから」

「でも、」

「ね、言って?」


 氷を思わせる涼しげな瞳に長いまつ毛が影をつくる。

 どんな金糸きんし細工より美しい御髪おぐしを光が柔らかく反射する。


 ぼくは魔法にかけられてしまったみたいに何も言えなくなる。──この天使の命令には決して逆らえないようにできているみたいだ。


「……にいさま……、からの贈り物だというだけでおそれ多いのに、お揃いだなんて、その、いけません」

「どうして? お前は僕の だいじな だいじな たった一人の弟なのに、遠慮なんてしないでよ」


 心がとろけてしまうような天使の微笑み。


 思えば、どんなにぼくが組の人たちに冷遇されようと、白い目で見られようと、まこさまだけはいつもぼくに優しく接してくださっていた。

 容姿も生まれも関係なく、ぼくを弟として平等に扱ってくださっていた。


「まお、受け取ってくれるね?」


 そう言ってにいさまはぼくの髪を優しくすくい、髪留めで留めてくださった。


「うんうん、思った通りよく似合ってるよ〜」

「にい、さまは……、どうしてぼくに優しくしてくださるのですか?」


 その問いかけに、にいさまは少し意外そうな顔をされてからクスクスと笑いだす。

 その仕草はどうしようもなく可憐で愛らしくて、やはり天使としか言いようがない。


「別にこれくらい普通だよ。強いて言うなら、まお。お前と兄弟として仲良くなりたいからかな」

「……!」


 このお方は見た目だけでなく心まで、天使としか言いようがないくらい美しいようだ。卑屈な自分が恥ずかしい。


「身に余るお言葉です。ぼくも、その、……にいさま……ともっと仲良くなりたい、です」

「ほんと? うれしいなぁ。僕、もしかしたらまおに嫌われてるんじゃないかと思っていたからさ〜」


 にいさまが愛おしそうに目を細める。

 その瞳にうつっているのは他でもないこの、ぼくだ。


 ああ、なんて幸せなんだろう!

 きっとこれほど愛おしく感じられる存在は、世界中探してもにいさまのほかにいないと確信する。


 ──ぼくはこの天使のためならできる。


「嫌いだなんてとんでもないです。むしろすごく好きだし、その、尊敬してます」

「あは、ありがと」

「どっどうすれば、にいさまともっと仲良くなれますかっ!?」

「うーん、そうだなぁ」


 そう呟くと、にいさまはぼくの身体を優しく抱きしめてくださった。

 いい匂いがするし、猫みたいに柔らかい御髪がぼくの頬を撫でてくすぐったい。


 動揺で頭が真っ白になったぼくは「あ」とか「え」とか意味のない言葉を発することしかできない。


「──僕はね〜、仲良くなるってことはお互いを深く理解することだと思うんだー……」

「り、かい、ですか?」

「うん。だからね、僕はお前のことをもっとよく知りたい」


 その声色はどんな麻薬よりも脳を痺れさせる甘美さで。にいさまはその細く柔らかい指先でぼくの目元を優しくなぞった。


「ぼくも……おなじ、かんがえ、です……。にいさま、のためなら……なんだってします」


 声を絞り出すのに精一杯で、そのあとのにいさまのお言葉は曖昧にしか聞こえなかった。



 ただ一つだけ耳に残った言葉は──


「お前の 中身 を僕に見せて」


 ──刹那、ぐしゃり、という不快な音とともに世界の左半分が暗転した。


 なに、何が、起こった!?


 目元が熱い。

 辺りには鉄のにおい。

 頬を伝うぬめった液体。


 あ、あああ、ああああっ!

 痛い、痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!


 ぼくは自分の左目がえぐり取られたことを理解した。

 にいさま、にいさまは……?


「へぇ、こんな風になってるんだ。どんな味なんだろ」


 ぼくの悲鳴に混ざって、にいさまの楽しそうな声が聞こえる。


「うぇ、やっぱり血の味……。洗って焼いたら目玉焼きになるかな?」


 ねぇどう思う? なんてにいさまは無邪気に微笑みかけられる。


「んー、でもそこまで手間かけるのもなぁ」


 ぼくの左目だったものは地に落とされ踏み潰された。


「あ……」

「ああ、でも、せっかく綺麗な色だし、もうひとつは飾っておこうかな」


 にいさまは残った右目を、今度はまぶたごと抉り取る。ぼくは痛みに耐えきれずまたしても醜い悲鳴を撒き散らした。


「お揃いのヘアピンも渡せたし、お前のことが少しだけ知れたし、今日は楽しい日になったな〜」


 にいさまは今、どんな表情なのだろうか。





 ──きっと天使顔負けの魅力的な笑顔に違いない!

 その顔を二度と拝めないことが酷く物悲しい……。


「まお。これからもっと理解し合って、もっと仲良くなろうね」


 ──あなたに理解して、いや、愛してもらうためなら、ぼくは──。

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