逃げ場


十九歳、冬、自殺しようとしていた。


東京の大学を一年次前期で辞めてしまったぼくは、長野の大学を再受験することとなった。

同時期に浪人生だったKという旧友がいた。ぼくとKは偶然同じ大学を志望していた。市立図書館でぼくはKと共に勉強した。図書館の開いていない月曜日は、家で独り、勉強するのだった。


ぼくはしかし勉強の必要性を感じていなかった。志望先は、前の大学より幾分かレベルを下げたからだった。

Kは、不真面目な男だった。Kにとっては、それなりに勉強を要するところであったが、毎日のように、3DSでモンスターハンターをやっていた。我々は次第に勉強しなくなっていき、主に、モンスターハンターをやって過ごした。

半年の猶予期間はあっという間に経過した。あれは恐ろしいゲームだった。やっている間、世の中の苦しみの一切から解放されたような気分に陥ってしまう、ある種の麻薬であった。

当然、ゲームを閉じたとき、絶望的な気持ちになった。プレイ中に過ぎ去ってしまった時間が、巨額の負債のように、一挙に押し寄せた。ぼくにはもう、逃げ場がなかった。


ある日の図書館からの帰路、ぼくは、今日もゲームをして終わってしまったと後悔した。

両親の買ってくれたパーカー、靴、手袋、マフラー、ダウンジャケット、リュックサック、赤本、文具、3DS、スマホ、財布。

ぼくは十九歳、間もなく二十歳を迎える。なにをやっているのだろう。ぼくの生きていることは、親にとって、なんなのだろう。高校を卒業した瞬間の、真っ当な人間のまま死んでおけば好かった。


黒い田畑に囲まれたT字路に街灯の立って、麓に、いまは誰もいない。かつてここで弾き語りをする青年があった。母は「目を合わせちゃ駄目」と、幼いぼくの手を引いた。

小学生のとき、近所で首吊り自殺が起こった。それから、例のミュージシャンは二度と現れなくなってしまった。


ぼくは3DSを封印した。そうかと言って勉強もしなかった。ぼくに残されていた希望は、夜道を徘徊し、あわよくば車に轢かれて逝けないだろうかという、淡い期待であった。

徘徊は毎夜行われた。家族の寝静まった深夜二時に、独り、家を抜け出して、しかしどこへいく当てもなく、田舎故に人通りも車通りもなく、静寂だけがあった。

気づけばいつも図書館にいた。図書館のほど近くに近代美術館があり、二箇所を結ぶ緑道にベンチが設けられていた。

細雪が降っていた。ぼくは凍死を期待してダウンジャケットを脱いだ。仰向けに寝ると、冬天が美しく発光していた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

霜焼けた頬を、泪が溶かしていった。


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