初夏の密書
祭谷 一斗
第1話
ポーランドの夏は、けれども短い。
ゆえに、楽めるときに楽しんでおくべきだ。
たとえそれが真昼であってもと、マーシャ・マリノフスカは言う。
・
飲み干した顔は、悪戯っ気に満ちたものだった。
「昼間から飲む“飲み物”。たまにゃ悪くねえだろ、ユスティ……いや、ユスティナ・ノヴァクさんよ」
グラスの泡が弾け、醸造香がかすかに漂う。
ビールの、それも高い度数ならではの匂いだ。
「――まあ、飲んでるそちらにとっては、そうかも知れないな」
こちらはコーヒーを口にしながら、言う。
湯気から漂うは、かすかな酸味の利いた香り。
どちらかと言えば、普段着めいた匂いだ。
初夏の昼下がり、街角のカフェ。昼食目当ての客が出ていく一方で、紅茶やコーヒー目当ての客は入り始めている。全体としての客入りは、まずまずと言ったところ。
そんなカフェの片隅に、二人組が座っている。見渡す限り、一杯を飲んでいるのは一人だけ。
「それはそうと、マーシャ――もう一度だけ言ってみてくれないか」
「おう、難しすぎたか?」
満面の、けれども決して一辺倒でない微笑み。
幾度となく見慣れた、何かしら企みのある顔だった。
場の賑やかさには、およそ似つかわしくない類の笑み。
「――いや、分かってはいるんだ、そちらの悪だくみに協力しろと言ってるのは」
「こっちにとっちゃ一計だがな、まあ何だ、おおむね合ってるぜ」
目眩、それに頭痛。目をつむり、眉間に握りこぶしを押し当てる。
間違えようのない、右手中指の第二関節が当たる感覚。
他の何かだと、無理やり解釈するのも難しい。
夢から覚める気配も特にない。
「確認したいことがあるんだ」
「なんだ。とりあえず言ってみろよ」
「お前は独立労働組織、「連帯」の一員」
「ああ」
「そして私は政府側、ポーランド統一労働者党の党員」
「辞めたならそう言ってくれよ」
「辞めてない!」
言いながら、ユスティナは思う。
これから、辞めさせられる羽目になるかも知れない。
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