果たし状
「
果たし状
ここに貴殿との決闘を申し込む
男なら必ず受けたまえ
江戸川河川敷にて 七月三十一日
」
こんな手紙が届いたんです。
手触りのいい紙に毛筆で力強く書かれていました。
宛先は間違いなく私です。住所と名前も合っていましたし、切手には消印もあったので実在の人物がポストに投函した、れっきとした郵便物でした。
悪戯でしょう。
しかし、まず「果たし状」が分かりませんでした。
ネットで検索すると、何らかの問題で対立する二人がお互いに同意の上で決められたルールに従い、主に素手や手持ちの武器で行う決闘の方式、みたいなことが書かれていました。
いわゆるタイマンです。
古くは宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島でやったものが有名で、江戸時代までは割とポピュラーな戦闘の方法だったそうです。
時代が下るにつれて古くて血なまぐさい勝敗の決め方として遠ざかりはしたものの、それでも人間の、特に男性のオスとしての闘争本能をくすぐるのか、昭和四十年ぐらいまではフィクションの世界でちらほらと登場していたようですが、その後は絶滅とも言われているようです。
そこで疑問が浮かびました。
私は一介のサラリーマンで仕事上の問題は多数抱えているものの、それはビジネスマンとして対応する物事の数々でしかなく、個人的には誰ともトラブルを起こしていない──むしろ忙しすぎて寝る暇もないほどプライベートをブラック企業に費やしている男なので、心当たりなど全くありませんでした。
それに決闘の場所が不思議だったのです。
江戸川河川敷と書いてあったので調べてみたところ、それは東京都江戸川区にある江戸川に沿って作られた土手を指しているようでして、生まれてからずっと東北のとある街で暮らしている私には全く無縁な所でした。
最初に出した結論は「宛先違い」でしたが、宛先は私で間違いありません。すると次は「文面違い」ですが、それを立証する手がかりもないのです。
差出人も不明でしたが、唯一の手がかりは消印でした。
そう。あなたのいる街です。
正確にはあなたのいる街のとある郵便局が受け持つポストのエリアです。それでも通りすがりでポストに入れた可能性は否定できませんが、手紙というものは普通は住まいの近くで出すものなので確率は高いでしょう。
次に手がかりとなったのは毛筆での手紙です。
使われていた用紙は調べてみると高級な和紙だったようで、国内の製紙メーカーで限定生産されていたものでした。あなたの街では三カ所の書店の文具コーナーで販売されていたことまで突き止めています。
毛筆の筆がどこのメーカーのものかは分かりませんでしたが、筆跡が見事で毛のはねもなかったことから新品だったと想定し、その高級和紙と筆をセットで購入した来客リストを提供してもらいました。
すると一気に五人にまで絞れたのです。
そのうち壮年以上の年齢の人は一人でした。
でもあなたは疑問に思うでしょう? 自分はその人物ではないのにこんな手紙を受ける理由もないと。
そうです。最終的に私へ決闘を申し込んだ人物は見つかりませんでした。
見つかる当てのない犯罪者探しに二年を費やしたのです。
そのお陰で私は職を失い家族からも見捨てられ、今や毎日を過ごすだけで精一杯な人生に転落しました。
なぜそんなことをしたのかとあざ笑う人もいるでしょう。
しかし──私は楽しかったのです。
ブラック企業の過酷な業務せ擦り切らした精神を癒していてくれる友人や異性もおらず、家族からは年に一度の生存確認の電話を受け、ただただ労働し税金を納める生活中、このような、狂気とも言える人探しをしている時間こそが癒しでした。
本当に楽しかったのです。
でも見つけられませんでした。楽しみは終わり、全てを失った私はこのまま惰性でその日を生きるしかないと思った時。
天啓が降りたのです。
……こんな犯罪をご存じですか?
それは「決闘罪」というものです。これを読んだあなたは笑ったことでしょう。しかしこの日本に実在する本物の刑罰なのです。
決闘を挑んだ人と応じた人にそれぞれ六ヶ月以上二年以下の懲役刑が下され、実際に決闘を行えばそれは二年以上五年以下に延びるものです。
もう分かりましたね?
私はこの町域の人全てに手紙で決闘を申し込みました。
どうでしょう? 挑んだ私は懲役刑に処されますが、それは受けた人がいるからこそ成立するのです。
あなたを含む数万人に警察の捜査の手が及びます。前代未聞です。
きっと世間は私の決闘の話題で持ちきりになるでしょう。中には受けて立つ向こう見ずな若者が出てくるはず。
成立すれば警察も無視できません。
あなたも事情聴取されるでしょう。
貴重な時間を奪われ、大切な人と口論し、それが元で職を失って生活が激変するのです。
家族を失い、自暴自棄になって別の犯罪を起こすかもしれません。
私のような狂気の生活に墜ちるのです。
ようこそ、私の住んでいる下らなくも楽しい狂気の世界へ。
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