Chapter12 守るべきもの

 数日後、多くの報道関係者が街を訪れた。

 街は警備の兵士と様々なメディアの人間で溢れた。都並は、遅い朝を、街中の騒ぎで目覚めた。

「なんだ?」

 診療所の周りには遠巻きに無数のカメラが並んでいる。

「ツナミ、パソコンを、ネットにつなぐんだ」

「何だ? どうしたんだ?」

 都並がケビンから支給されたノートパソコンが、フーッとファンの音を立て起動する。

「聞いて驚くな? あのメモのアドレス」

 ブラウザが起動するのももどかしく、ミツルはアドレスを入力する。画面にはアースカラーを背景にした、あるサイトにつながった。

―― 我々が守るべきものは、領地やプライドではなく、全ての民衆である。

「これは?」

「そうさ、ドクタージャラルがいつも言っていた言葉さ」

「それだけじゃないぞ」

 日付順に、何か細かく場所と時間が書いた表が現れた。

「これは、全て、反政府組織のテロの予定表なんだ」

「誰が? いや、彼か?彼がリークしたのか?」

「ああ、恐らくな」

「それで、この一番上が」

「ジャラル私設診療所?」

「明日の朝十時。破壊対象理由が治安維持軍の援助を受けたかららしい」

「何という……」


 翌朝。時刻は八時五分

 容赦の無い太陽が街を照りつける。

 乾いた風が砂を舞い上げ、熱くなった砂がまた熱を運ぶ。

 都並とミツルは、診療所の外に出た。

 遠巻きに囲むテレビカメラの数々。『こいつらは、何の為にここにいるんだ?』都並は並んだカメラを一台一台見ていく。その目は自然に日の丸とJAPANの文字を探す。


 八時三十五分

 気温は益々上がり影がどんどん短くなる。

 街の住民が一人また一人と現れて、瓦礫の日陰に座る。ミツルは診療所の前で煙草に火をつけ、空に向かって吐き出した。

 八時五十七分

 砂を巻き上げる風が吹き、兵士たちがあちこちの屋根に登る。ケビンは、斜め前の民家の中で無線で何かを話している。再び風が吹き乾いた砂を舞い上げた。

 九時三十二分

 空は恐ろしく晴れ渡り、雲ひとつ見えない。報道関係者は退屈そうに空を見上げ、欠伸をしたり背伸びをしたり。住民が一人、また一人と集まってくる。向かいの家の影でシャラフとマシャフが、地に絵でも書いているのか、二人とも俯いて何かをしていた。


 九時五十四分

 都並は診療所の前でミツルと二人で煙草を吸う。

「ちょうどあと二本だ。これが、三本でも一本でもダメだ」


 都並に一本渡す。

「俺のも最後だ」

 ケビンが、横に座る。

 三人が、診療所を背に煙草を吸う。

「ところで、昨日シャラフが持ってきたコインは何なんだ?」

 ツナミがタバコを一息吸い、ミツルに尋ねた。

「あれは、コインじゃなくて、勲章なんだ。もう三十年近くになる。この国の独立運動のあと、三人の若者に授けられた物なんだ。一人は指揮官として、もう一人が兵士として、そして最後の一人が医師としてこの国を独立に導いた。しかし、残念ながら三人の若者たちは思想の違いから歩く道を別ち、一人は今のこの国の指導者。もう一人がそれに反する反政府軍の中心的な人物。そして最後の一人が、ツナミのよく知る医師ジャラルだ」

「じゃあ、あの怪我人が反政府軍の中心人物か?」

「ああ、恐らく。どこかで見た人物だと思っていたが、年を取っていて気付かなかった。平和と自由を求めて戦っていたはずなんだが……」


 ツナミは黙って頷いた。そこへ、シャラフとマシャフが、どこからかコーラを持ってきた。

「おいおい、ここは危険だぞ?」

 シャラフはコーラをマシャフに渡しながら、ケビンを見つめた。

「じゃあ、ケビンはなぜここにいるの?」

 アジャラが生ぬるいコーラを抱えて走って来た。

「ワシも混ぜてくれんか?」

「何やってんだ? 店はいいのか?」

 ダンボールを開け、缶コーラを取り出す。

「最近は、冷えたコーラしか売れん。診療所が無くなったら、商売もできんからな」

 一人、町の住人がコーラを飲みにやって来た。

「こんな、戦争ばっかりの国じゃ、生きていても仕方ないからなぁ」

 先ほどまで、カメラを覗いていたスタッフの一人が輪に入って来た。

「もう、こりごりだよ。人が傷付いたり、町が破壊される映像なんか撮りたくない」

 一人また一人と輪に加わっていく。年齢や性別だけでなく、人種も様々である。


 九時五十九分

 道の向こうから砂塵が広がる。

 一台の乗用車が猛スピードで走ってくる。

 砂煙と乾いた風と大量の爆薬を積んで。

 都並とミツル、ケビン、シャラフとマシャフ、アジャラ、町の住民、取材カメラマン、様々な人がそれを見つめる。ツナミはマシャフとシャラフの手をつなぎ走り来る車に向かって歩きだした。するとミツル、ケビン、町の住民や取材スタッフまで仕事をそっちのけで手をつなぎ歩き出した。

 容赦ない太陽が数十人、いや、すでに百人以上に膨れ上がった人の影をつなぐ。

車が近づく。砂塵を巻き上げどんどん近づいてくる。

 赤い巨大な太陽が落とす影が、車と人をつなぐほんのその一瞬に砂煙が舞い上がり二つの影が止まった。ほんの数秒、時が流れるのを止め静けさに包まれた。

 車は、その地に埋まるように停止したまま動かず、人々も立ち止まったまま。

 へリコプターが上空を何度も旋回し、その姿を映す。

 数分後、車から二人降りてきた。そして、顔を覆っていた覆面を取り、ツナミたちに近付いて来る。何も言わず、その二人は人の輪に加わった。

 突然、どこかで、叫び声が上がる。

 巨大な人の波が、人の輪に飲み込まれる。

 人と人が、乾いた砂の上で踊る。

 国籍も、肌の色も、言葉でさえも、何一つ基準が無い。


 乾いた熱い風が吹く。


―― 守るものは、領地やプライドではなく、全ての民衆である。


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