Chapter6 暗闇からの訪問者

「ツナミ、君は任期が切れたんだから、いつでも日本に帰って良いんだぞ?」

 夕日の差し込む小さな窓辺に腰掛けながら、ミツルはいつもの笑顔で呟く。

 小さなテーブルに座り、都並は視線をゆっくり上げ窓の外に広がるオレンジ色に染まった町並みを見た。ミツルの横顔がオレンジに染まって、今はもう笑っていない。

「そうだな、診療所どころか医薬品すら何もないからな。この聴診器一つでは、たとえ俺が名医でも何もできない」

 街の入り口で砂煙が上がる。複数台の車両が街に侵入してきた。

 もともと、国境に近いこの街には、訪れる人が多く、一日中車が出入りしている。都並が赴任してからのおよそ一年間、大きな戦闘もなく、モノが無い以外は全て平和であった。ほんの一週間前までは。


「ツナミ、軍が来たぞ?」

 都並は窓辺に近づき外を見る。眩しい夕日に照らされたトラックなどの車両が街に入って来た。何台かが、都並たちの近くに停車し、兵士がトラックから次々と降りてくる。二人は急いで外に飛び出した。

「ツナミ! ミツル!」

 聞き覚えのある声が二人を振り向かせる。するとそこには、ニコニコと笑顔で近づく一人の兵士がいた。

「ケビン! いったいこの騒ぎは何だい?」

「ジャラル先生がお亡くなりになった、一週間前の戦闘覚えているかい?」

「ああ勿論、それがどうしたんだ?」

 ケビンはヘルメットを脱ぎ、自動小銃を肩に担ぎなおす。

「手配犯が、潜伏したままなんだ。大きな犠牲を出したのに、失敗って訳さ」

「おい、ケビン! ジャラル先生を巻き込んみやがって!」

 ミツルが突然、ケビンの胸倉を掴んで睨みつける。それを止める都並。

「ツナミ、良いんだ。ただ、我が軍の名誉のために言っておくが、我々の偵察航空機は戦闘行為を行っていない。三発のミサイルランチャーに狙われたが、二発をかわし残る一発は発射直後に狙いを外れ市街地に着弾したと報告を受けている。それに、偵察航空機は対地ミサイルを装備していないんだ」

 ミツルはケビンを睨みつけたまま目尻に涙を浮かべている。

「ミツル、ケビンが悪いわけじゃない。戦争なんだ」

「しっ、しかし」

「ツナミ! ツナミ!」

 兵士を掻き分けシャラフが駆け寄ってくた。ただならぬ気配に、都並もミツルもケビンさえも驚く。

「マシャフが、朝からずっと熱が出て、もう僕はどうしていいか判らない」

「シャラフ、落ち着け。マシャフがどうしたんだ?」

 都並はしゃがみ、シャラフを覗き込み話す。

「朝、熱が出て、疲れたって言うからそのままにして寝かしておいたんだ。でも、いつまでも起きないから、さっき起こしたんだけど、返事もしないんだ。ねぇ、ツナミ、マシャフを助けてあげて!」

「シャラフ、勿論だ」

 都並は言葉を飲み込んだ。

『聴診器だけで、何ができるんだ!』

「シャラフ、ごめん。薬も何もないんだ」

 ケビンは、都並を見つめ無線機を取り出した。

「ケビンだ! 救護班。至急、作戦車両まで来てくれ!」

「イェッサー」

 一分も経たないうちに、背中に大きなバックを背負った兵士がやってきた。

「救護班、到着いたしました!」

「何名、来ている?」

「私を含め全員で五名作戦に参加しております」

 ケビンは胸のポケットから、煙草を取り出し、火をつける。

「君は?」

「医療班、チームリーダーの……」

「判った。背中のバッグは医療品が入っているんだな?」

「はい、基本装備に応急用医薬品など一式入っております」

「降ろせ」

「は?」

「降ろせと言っている」

「イエッサ―」

 兵士は、大きなバッグを背中から降ろした。

「ツナミ、とりあえずだが、これで足りるか?」

「ケビン、ありがとう。シャラフ、急ごう!」

 ケビンは煙草をふかしながら、医療班の兵士の肩を一つ叩き、『お前より、名医なんだから諦めろ?』 そう言って笑った。

「ミツル、お前やツナミのいるこの町を我が軍が攻撃対象にするのを俺は黙って見ているつもりはない。むしろ、辺境のこの小さな町を守りたいと思っている」

 そう言って、ケビンは、大きなバッグを背中に担ぎながら走る都並とシャラフを見ていた。するとミツルは、ケビンの胸ポケットからタバコを取り、ツナミたちを追いかけた。

「ツナミ? まだ当分、日本に帰れそうにないな」

「そうかもな」

 なぜか笑っている都並。その横顔に夕日が差し込んでいた。



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