矢印と花言葉

 君の優しさに頼ってばかりな自分に嫌気が差すけれど、「ありがとう」と声にして勤務表の数字に丸をつけて矢印で結ぶ。

 君にこの想いを打ち明けることはできそうにないけれど、この言葉だけはその日に絶対伝えよう。


 ―――

 会社から外へ出ると、雪がとめどなく降っていた。


「ホワイトクリスマス……か」


 なんてことを小さく呟いて駐車場へと歩き出す。

 自分の車の前まで行って、雪が積もっているのを確認してからドアを開け、中からスノーブラシを取り出す。ある程度雪を下ろしてから運転席へと座った。エンジンをつけてヒーターを27℃に設定する。ふぅーっと息を吐けば白が舞う。霜が降りて前が見えないので何分かぼーっとしていた。


 前が見えるようになってから自宅へと車を走らせた。


「雪姉……」


 気づけばその名前は声に出ていた。彼女は今どうしているだろうか……

 そう考えていると信号が青に変わった。もうすぐ着く。そして12月25日も何事もなく終わるのだ。


 



 借りてある駐車場に車を停める。

 はぁ……と深いため息を零してから重い足を何とか動かした。

 階段を上り終えて自分の部屋の方を見ると誰かが前に立っていた。手に息を吹きかけて暖をとっている姿は絵になるが見覚えがある。なんなら週に何回も見てる。ずっとその光景を眺めていたら彼女と目が合った。やはりそこに居たのは雪先輩だった。

 あっと口を開く彼女のそばに足を急がせて前に立つ。


「メリークリスマス」


 白い指で長く伸びた黒髪を耳にかけながら、彼女はその言葉を口にした。


「どうして……」

「どうして?ふふっ……待ってたんだよ君が帰ってくるのをずっと」


 ここにいるはずのない人が目の前にいることに思考が追いつかないが、鍵を開け彼女を中へと誘導する。




 それから彼女が、買ってきたシャンパンに合う料理を作ってくれてそれを美味しく頂いた。そして人心地つくと彼女は切り出した。


「はい。これ」

「え?なんですか?」

「雪サンタからのクリスマスプレゼントってことで」


 人差し指を口の前に持ってきて頬を染めながら可愛らしい声で包装紙に包まれた箱を俺に手渡してくる。


「開けてみて」


 そう言われて中身を確認する。そこに入っていたのは……


「栞?」

「うん。君本読むの好きでしょ?何がいいか悩んだんだけどこれが一番かなぁと」


 赤のポインセチアと紫の知らない花の栞。


「あっ……でも俺こんなことになるとは思ってなくて何も……」

「ううん。大丈夫。私の自己満足だから。私がしたかったから……渡したかったから。ここに来たの」


 先程までより声のトーンは低く、どこか真剣な眼差しで俺を見据える彼女にドキッとした。


「……メリークリスマス。悠くん……それと……ハッピーバースデー」

「……メリークリスマス。雪姉……」


 子供の頃のように、あの日のようにその言葉は、彼女に届いた。



 ―――

「ありがとう。雪姉」


 見慣れた優しい笑顔が目の前にある。いつも私を見守ってくれたその顔は、いつも私に勇気をくれるから。だから━━



「悠。あなたが好きです」


 彼の右手に握られた紫のライラックを僅かに見てから、その言葉が届くように目を瞑って祈った。



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12月25日の矢印 美海未海 @miumi_miumi

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