1. プロローグ

 とある街の一角。駅からそれほど遠くはないが、あえて目立たないようにしているかのように、路地裏にひっそりと佇む一軒のブリティシュ・パブがあった。


 私は仕事帰りに偶然この店を見つけ、最初に入ったその日からすぐに気に入り、暇さえあれば顔を出すようになった。とりわけ平日の前半は客の入りも少なく、店内は静かで、落ち着いてビールを飲むことができた。気さくな店主の選曲したオルタナティブ系のBGMに耳を傾ける。好きな本や雑誌に目を通す。そして時々煙草を吹かす。それが私にとっては何よりも有意義な時間だったのだ。


 もとより無口な私は、店主や他の常連客とあまり多く言葉を交わすわけではなかったが、個性豊かな常連客の振る舞いを眺めては、お互いいつもそこに居るという暗黙の了解があるような気がして、とても心地よかった。


 そして、その男に出会ったのは、いつものようにその第二の我が家で一日の疲れを癒していた、ある夜のことだった。

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