討つべき敵のいない勇者の話

おちょぼ

第1話

 今日は実にツイていない日だ。朝は目覚まし時計の電池が切れていて寝坊したし、お気に入りのバイクには鳥のフンが着いていた。最悪の気分でも予定通りツーリングに出かけたら道に迷う始末。そして今俺は絶賛どこぞの山の中で遭難中だ。携帯は圏外、バイクは原因不明の故障でうんともすんとも言わなくなってしまったから置いてきた。一度足を滑らせて急斜面を滑り落ちてからは道も分からない。奇跡的に怪我が無かったことだけは幸運だが、もはやその程度誤差にしか思えない。


「俺、死ぬんかな」


 空腹を訴える腹を水筒の水で誤魔化しながら呟く。朝は時間が無かったので軽いものしか食べられなかったので非常に辛い。現代日本で餓死なんざ笑えない。


「はやいとこ人里に出てぇ。……ん?」


 どこかに人の気配は無いかと探りながら歩いていた時だった。少し先で何かが赤く光った。何かが光を反射しているようでもなく、一定の光を放ち続けている。気になり近づいてみる。


「なんだこれ? ……剣?」


 そこにあったのは正しく剣であった。鬱蒼とした森の中、まるで自然の一部であるかのように蔦を纏っているが、どう見ても剣が大地に突き刺さっていた。柄に嵌っているルビーのような宝石が光っている。


「なんでこんなにトコに。現代アートか何かか?」


 まるで選ばれし勇者を待つ伝説の剣のようだ。そんな事を思うと急に俺の中の厨二心が疼いた。巻き付く蔦を剥ぎ取り柄に手をかける。


「よっと。なんだ、思ったより簡単に抜けたな」


 剣は想像以上に軽かった。長さ一メートル強の鉄の棒がこんなに軽いはずも無いので、やはりレプリカか何かかもしれない。しかしその見た目は優美そのものだった。蔦や土汚れこそ着いているが、刃こぼれや錆は見当たらない。とても長いこと風雨に晒されていたとは思えないほどだ。やっぱり誰かの現代アートなのかもしれない

 。

「だとしたら悪い事したかな……」


 剣を抜く時に巻きついていた蔦を引きちぎってしまった。蔦もアートの一部だとしたらもう元には戻せないだろう。


「てかこんな事してる場合じゃないな」


 俺は剣を元あった通りに刺し直した。時間は食ったが、人工物を見つけられたのは収穫だ。この付近に人がいる希望が見えてきた。俺は見えてきた光明を糧に歩き出し


『待ちなさい。そこの人よ』

「え?」


 誰かが呼び止める声が聞こえた気がして振り替える。だが不思議なことに人影は見当たらなかった。


「幻聴か……。こりゃ急がないとまずいかもしれん」


 自分が思っていた以上に心が弱っていた事に気づき焦る。空腹や孤独は体も心も蝕む猛毒だ。早急に手を打つ必要がある。俺は頬を叩くと歩く足を早め


『足を止めなさい! コチラを見るのです!』

「うわっ」


 やはり聞こえる。幻聴じゃないのか? だがどんなに周囲を見渡しても姿は見えない。なんだか怖くなってきた。


「おい! いるなら姿を見せろ!」

『下を見なさい! 下を!』

「え?」


 言われた通り下を向くとそこには先程の剣が落ちていた。赤く光る柄の宝石は、間違いなく先程の剣の物だ。どこかが引っかかって引きずって来てしまったのかと思ったが、そういう訳でもない。


『ぼーっとしてないで早く拾いなさい! いつまで私を土まみれにしているつもりですか!』

「あっ、はい」


 怒られたので、つい言われた通り拾ってしまった。拾ってから何かおかしい事に気づく。


「あの」

『なんですか』

「さっきから喋ってるのって、もしかして、この剣ですか?」

『ただの剣ではありません。私は星の意志が生み出した星剣『星の運命(ゲシュテルン)』です。二度と間違えないでください』


 俺は剣を放り投げると頭を抱えながら歩き出した。幻覚、幻聴、妄想、コレは危ない。生還したら精神病院直行だ。


『逃がしませんよ』

「ひっ」


 再び声がして振り向くと、すぐ足下に剣が落ちていた。おかしい、剣はさっき棄ててから少し歩いた。それなのにこんな足下に落ちているはずがない。まるで質の悪い悪夢だ。


『何十年と待ったのです。私を抜く者が現れることを。もうこんな森の中で一人ぼっちはイヤなのです。さあ、早く私を手に取りなさい。そして行きましょう。星を救う旅へ』


 いやそうか、分かったぞ。これは夢なんだ。そうすれば今の状況に説明がつく。よく考えたら俺が遭難するなんて有り得ないしな。まあ夢なら逆にこの状況を楽しむべきなのかもしれない。俺は一つため息を吐くと剣を拾い上げた。


「そうか。つまりアレか。俺は伝説の勇者的な奴に選ばれたと。そういう事か?」

『飲み込みが早くて何よりです。さあ行きましょう。私達が星の未来を切り開くのです』

「まあその前に俺は自分の帰り道を切り開く必要があるんだけどな。なあナビ機能とかついてないの?」

『ありませんよそんなモノ。星剣をなんだと思っているのですか。そもそもそんなモノなくても、少し跳んでみれば分かりますよ。そうですね私の契約者としての能力を分からせるついでです。すこし跳んでみなさい』

「は?」

『ほら跳びなさい。ジャンプですよ、早く早く』

「えぇ? 分かったよ。やるって。よっと」


 急かされるようにして少し跳んで見る。気づけば俺は空にいた。


「は?」


 空気抵抗を感じながら、体は尚も上昇を続ける。山々を幾つか越えたその先に街が見えた。やがて上昇は止まり、次第に体は重力に従い落ちていく。ずん、と重い音と共に着地すると、足に痺れに似た痛みが走った

 。

「痛ぅ~~。ん? 痛い?」

『これが星剣に選ばれた者の身体能力です。どうでしたか? 高い所から見れば一目瞭然でしょう。道に迷った時の鉄則です』

「あ、ああそうだな。これで帰れるな、うん」


 俺は何か不都合な真実に気づきそうになる理性を否定して歩き出した。何はともかくこの身体能力があれば帰ることに困りはしない。

 俺は帰る途中で故障したバイクも回収して肩に担ぎつつ、文字通り飛ぶようにして山を脱出した。


「ふう、ようやく携帯の電波が繋がるようになったな」


 俺はバイクを肩から降ろして一息ついた。重さはそこまで気にならなかったが、肩に食いこんで少し痛かっ……いや痛くない。


『どうです。素晴らしいでしょう、私の力は。もっと頼りにしてもいいのですよ』

「ああ。危うく死ぬところだったしな、助かったよ。今日はとにかくツイてないって思ってたけど、アンタを拾えた事だけは幸運だったな。俺のバイクも回収できたし」


 俺はバイクを軽く叩いた。いや、俺は軽く叩いたつもりだった。だがバイクにとってはそうでは無かったらしく、聞いた事も無い耳障りな音をたてると真っ二つに割れてしまった。一瞬で無惨な姿になった愛車を前に頭の中が真っ白になる。


『あ、気をつけてください。選ばれし者の力は非常に強力なので制御を誤るとそうなります』


 遅すぎる星剣の忠告も虚しく耳を素通りする。

 ああ、なんだろう。なんと言うか、本当に……


「心が……痛い……」


 〇


 どうやらコレは現実らしい。数日寝ても枕元に転がっている剣を見て、俺は悟った。


「なあゲシュテルン。俺はどうやったら解放されるんだ」

『解放だなんて人聞きの悪い。それではまるで私が貴方を束縛しているようではないですか』

「その通りだよ! 星剣の契約だかなんだか知らねえけどどこ行っても着いてきやがって、日本じゃ剣持って出歩いたら捕まるんだよ!」

『仕方ないではないですか。私は契約者から離れられないのです』

「それにこの力だよ! 日常生活もままならねぇ! 見ろこの部屋を! そこら中家具や壁の残骸だらけだ!」

『それは未だに力を使いこなせない不器用な貴方が悪いのでは?』


 素で言ってるような様子の剣に更に腹が立つ。だがだからといって暴力に出るとこのマンションごと壊れかねない。

 俺は気分を鎮めるために、まだ奇跡的に無事なテレビをつけた。テレビの中では環境悪化が深刻だとか、世界情勢が危ういだとか、スケールの大きい事を放送している。彼らは知らないだろう。俺が本気で力を振るえば世界なんて簡単に滅んでしまうという事を。


『そんなに嫌なら早く星を救いに行きましょう。星を救って使命を終えれば契約は終わります』

「んな事言われても何すればいいのかわからねぇよ。今んとこ俺の知る限り、そんな世界が滅ぶような危険は……」

 リンリーン リンリーン

 胸をざわつかせるような警告音がテレビから流れる。そちらを見れば画面が変わり、慌ただしく動く人々を背景に慌てた様子のキャスターがニュースを伝えていた。

「緊急速報です。以前より情勢の悪化が取り沙汰されていたA国とB国ですが、つい先程、A国がB国に宣戦布告をしました。両国はどちらも核兵器を保有しており、甚大な被害が予想されます。首相は『第三次世界大戦に繋がる可能性もある。そうならないような慎重な対応をしていく』という声明を……」


「なるほど、これか」


 核戦争が起きれば世界は滅ぶ、なんて話を聞いた事がある。きっと星の意志とはこれに違いない。

 俺は納得するとテレビを消してゲシュテルンを担いだ。


『おや、行くのですか』

「ああ。星を救って、俺も救われる。行くぞ、俺達で、この戦争を終わらせる!」

 俺は翔んだ。世界を破滅の未来から救うために。

 ○


「緊急速報です。A国が降伏しました。これは異例の早さであり、A国に何があったのかはまだ分かっていません。これは未確認の情報ですが、『剣を持った人がA国の軍事工場を破壊し回った』という……」


 志無き力は暴力と言うが、俺の力はなんなんだろう。俺はそんな事を思いながら、ゲシュテルンを抱えながら、ぼっーとテレビを眺めた。


「なあゲシュテルン。俺は世界を救ったよな?」

『ええ、救いましたね』

「でも契約、切れてないんだよな?」

『ええ、切れてませんね』

「なんで?」

『さあ?』

「ふんっ!」

『あああやめて! 折ろうとしないで!』


 俺は悲鳴をあげるゲシュテルンを転がすと、カップ麺を作りに台所に向かった。俺が動くに応じてゲシュテルンもズルズルと着いてくる。


『そもそもよく考えてください。私が星の意志で生まれたのは数十年前です。それなのに数十年先の国家間の戦争のためというのは少しおかしくないですか?』

「……確かにな」


 星の意志と言うのがどの程度考えてゲシュテルンを作ったのかは知らんが、数十年先の未来のために備えるのはいささか早すぎる気がする。あるとすれば数十年前から存在する脅威のため、と考えた方がいいのかもしれない。


「……わからん。てかゲシュテルンは敵とやらについて知らないのか?」

『ええ。星の意志もそういう情報を教えてくれればよかったのに、気がきかないですよね』

「まったくだ、くそったれ。何かヒントとかねぇのかよ。ノーヒントでやるにはキツすぎる」

『ヒント……あっ、思い出しました。私の柄の部分に石がありますよね』

「ああ、あるな」

『その石は、近くにいる星の敵を知らせるセンサーです。どうですか? 光っていた時などありませんでしたか?』

「え?」


 思わずゲシュテルンの方をマジマジと見る。具体的には今も光り続けている柄の宝石を。

 光っていた時も何も、この宝石は見つけた時から光り続けている。未だに一度としてこの光が消えた所を見た事はない。

 いや、一度だけあるかもしれない。俺が初めてゲシュテルンを見つける、その前。俺は柄の宝石が突然光出したからゲシュテルンを見つけられた。つまり、俺が近づく前は光っていなかった……?


 その時俺の脳裏に嫌な予想が浮かんだ。

 数十年前から存在する脅威、なぜゲシュテルンがあんな人里離れた場所で生まれたのか、常に光り続けている宝石。それら全てが繋がり一つの結論を導く。


(いや、まさかな)


 その予想が当たっていた所で俺にはどうしようもない。もしそうだとしたら運が無かったということにしておこう。

 俺はそう諦めるとカップ麺をすすり


 リンリーン リンリーン

「緊急速報です。太平洋沖で超巨大な台風が発生しました。中心気圧は800hpa、最大風速は秒速189m、半径は1200kmに及ぶと言われています。その規模は日本の本州を丸ごと飲み込めるほどで気象庁は避難勧告を進めています」


 最近見慣れてきた緊急速報が異常気象を伝える。俺はこれ幸いと急いでカップ麺を食べ切るとゲシュテルンを掴んだ。


「見つけたぞゲシュテルン! これが星の敵に違いない!」

『え、本当ですか?』

「ああ、行くぞ! 星の未来は俺達で切り開くんだ!」


 俺は脇目もふらず走り出した。果たして本当の敵がどこにいるのか、それを考えるのはまた後だ。



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