15話 いまだけは敵同士②

 私と萌恵ちゃんの対戦は、物語のクライマックスを担うエピソードには成り得ない。

 それほどまでに、一方的な結果となってしまった。


「うぅ、ごめん……」


 全力で挑んだものの三球三振で敗れ、うなだれながらチームメイトたちのところへ戻る。

 萌恵ちゃんの運動能力は誰よりも理解しているつもりだったけど、まさかボールにかすりもしないとは。

 揺れ弾む胸ではなく迫り来るボールに注目していたのに、タイミングがまったく合わなかった。

 先頭打者として微塵も役に立てず、胸中で悔しさが膨らむ。


「大丈夫だよ真菜ちゃん、まだ始まったばかりだから」


 優しい言葉をかけてくれるチームメイトに感謝しながら、その背中を見守る。

 萌恵ちゃんの豪速球を目の当たりにしても、私たちのチームは誰一人として戦意喪失してはいない。


***


「バッターアウト! ゲームセット!」


 レフト方向に打ち上がったボールは弧を描き、落下地点にて構えられていたグラブに収まる。

 その瞬間、私たちBチームの敗北が決定した。

 向こうの試合も終わったらしく、一度整列してから十分間の休憩を挟む。


「すっごくいい球だったよ!」


「ありがとう。萌恵ちゃんには反対側のフェンスまで飛ばされちゃったけどね」


 ここがバッティングセンターだったら、ネットを貫通して店の外に出ちゃうぐらいの凄まじい打球だった。

 萌恵ちゃんが同情やお世辞ではなく純粋に褒めてくれていることは分かっているので、素直に嬉しい。

 校庭脇の段差に腰かけて水分補給しながら試合の感想を話し合っていると、休み時間はあっという間に終わりを迎えた。

 すでに敵対関係ではなくなったので、次の試合に向かう前に「優勝してね」とささやかな応援の言葉をかけてからこの場を後にする。

 結果、萌恵ちゃんを擁するAチームが優勝を飾り、二位はDチームとなった。

 Bチームは乱打戦の末、一点差で三位決定戦を制する。


「ふ~っ、たくさん汗かいちゃった」


「帰ったらすぐにシャワー浴びないとね」


 体操服のまま帰路に着いた私たちは、校門を出てすぐのところにある信号で足を止めた。

 萌恵ちゃんが放つフェロモンにギリギリのところで堪えながら、信号が青に変わるのを待つ。


「試合中に見た真菜の真剣な顔、すごくかっこよかったよ~」


「そ、そうかな?」


 かっこいい。なかなか言われることのない誉め言葉だ。

 敵として戦ったからこそ見せられた一面だと思えば、こういう機会もそう悪くないかもしれない。

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