2話 近所の焼肉屋さん①

「あれ? なんだろう、いい匂いがする……」


 友達と少し話してから学校を出ると、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。

 萌恵ちゃんと共に周囲を見回すと、すぐに発生源が判明する。

 学校を出てすぐの道路を挟んだ先には、私たちが住むアパート。

 そこから視線を左の方へずらしていけば、先日まで空きテナントだったところに焼肉屋さんがオープンしている。

 そう言えば、夏休みの半ば頃にチラシが投函されていた。

 内容はうろ覚えだけど、高校生が行くのをためらうほどの高級店ではなかったはず。


「萌恵ちゃん、今日のお昼ごはん――」


「うんっ、あたしも同じこと考えてた!」


 最後まで言い終わる前に、萌恵ちゃんが私の考えを察して大きくうなずく。

 二人のお腹が『ぐぅ~っ』と鳴ったのを合図にして、私たちはお店に向かって足を踏み出した。

 横断歩道を渡り、アパートの前を通り過ぎ、きれいに舗装された歩道を早足で進む。

 お店の敷地に入ってドアの前に立った瞬間、ふと重要なことに気付いて立ち止まる。


「やっぱり、着替えてから出直そうか」


「確かに、制服だとマズいかもね~」


 おいしそうな匂いとはいえ、焼肉の煙が染み込むのは避けたいところ。

 入店寸前で踵を返し、一度帰宅することにした。

 こういう時、家が近いと助かる。

 もし往復に一時間ぐらいかかる距離なら、ここまであっさり決断できなかったはずだ。

 空腹の度合い的に、諦めてそのまま入店していた可能性が高い。


「ところで萌恵ちゃん、今日はあんまりキスしてないと思わない?」


 アパートに着き、玄関の扉を開けながら問いかける。


「え? う~ん……起きてから家を出るまでに、百回近く――」


「そう、まだ二桁しかしてないの! 夏休み中はお昼前までに数え切れないぐらいキスできたのに!」


 正確には、おはようのキスを含めて九十七回。

 昨日までと比べれば、一割にも満たない。

 もちろん一回だけでも充分すぎるほどに幸せを実感できるんだけど、どうせならもっともっとキスしたいと思ってしまう。


「だから、ね?」


 靴を脱いで廊下に上がったところで、私は萌恵ちゃんをギュッと抱きしめた。

 そして少し背伸びをして目線を合わせ、ゆっくりと瞳を閉じる。


「んふふっ。真菜って時々、驚くぐらい大胆になるよね」


 萌恵ちゃんは楽しそうに笑いながら、私の気持ちに応えてくれた。

 背中に回された腕に抱き寄せられ、吐息の温もりを感じた直後に唇が重なる。


「んっ、萌恵ちゃん、好きっ」


「ちゅっ、あたしも好き、大好きっ」


 狭い廊下に、二人の声とキスの音が響く。

 最優先であるはずの食事を後回しにして、私たちは何度も何度もキスをした。

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