10話 クレープの甘さ

 ショッピングモールで食品や日用品の買い物を済ませた私たちは、駐車場横の空きスペースでクレープの移動販売車を見かけた。

 ただでさえ二人ともクレープが大好きなのに、店内を歩き回った直後だから小腹が空いている。

 ほのかに漂う甘い香り、写真付きのメニュー表、リーズナブルな価格。

 こんなの、素通りして帰れるはずがない。


「「いただきますっ」」


 いとも容易く誘惑に負けたものの、後悔は微塵もなかった。

 近所とはいえ家に着くまで待ち切れず、さっそく食べ始めることに。

 並々ならぬ期待を抱き、口を大きく開けてかぶりつく。

 私が選んだのは、定番のチョコバナナ生クリーム。

 一口食べた瞬間、濃厚な甘さが口の中いっぱいに広がる。焼きたての生地はもちもちとしていながら歯切れがよく、バナナとチョコと生クリームが混然一体となった甘みは至高としか言えない。

 あぁ、幸せ。


「んー、やっぱりクレープは最高だね。おいしすぎて疲れが吹き飛んじゃった」


 決して短くない時間歩き続けた疲労は、クレープを一口食べただけで消えてしまった。


「あたしのもすっごくおいしいよ~! 真菜も食べてみて!」


 萌恵ちゃんが瞳を輝かせながら、手に持ったクレープを私の口元に近付けてくれる。

 期間限定のフルーツミックス生クリーム。パイン、グレープフルーツ、オレンジといった酸味のある果物をふんだんに使った一品で、見るからにおいしそう。

 加えて、いま食べれば萌恵ちゃんとの間接キスになる。

 キス同様、間接キスにも未だにドキドキしてしまう。

 胸が高鳴るのを感じつつ、萌恵ちゃんが口を付けたところに狙いを定めてかぶりつく。

 生地や生クリームの甘さとフルーツの甘酸っぱさが見事に調和していて、まったりしつつも爽やかな味わい。

 萌恵ちゃんとの間接キスという最高の調味料も加わり、再び口の中が幸福で満たされる。


「おいしいっ。萌恵ちゃんも、あーん」


 分けてもらったお返しに、私も萌恵ちゃんの口にクレープを運ぶ。


「ん~っ、おいしいっ! チョコとバナナの相性って最強だよね!」


 萌恵ちゃんが満面の笑みを咲かせる。

 私は心から同意し、深くうなずいた。

 おしゃべりしながらモグモグと食べ進め、たまに食べさせ合いっこしながら家に向かう。

 アパートが見える頃には、欠片も残さずお腹に収まっていた。


「次はおかず系にしてみようか」


「うんっ! たくさん種類あるから迷うな~っ」


 さっそく次回の話をしながら、玄関の扉を開ける。

 ハムチーズや照り焼きチキンも魅力的だけど、生クリームに誘惑されたら勝てないかもしれない。

 甘いのとしょっぱいのを一つずつ買って、半分こするという手もある。


「萌恵ちゃん」


 靴を脱ぐ前に、萌恵ちゃんの名前を呼ぶ。

 それだけで私の意思が伝わり、瞳を閉じて顔をこちらに近付けてくれる。


「ちゅっ」


 クレープを食べた後のキスは、いつもより少し甘かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る