抗えない僕たちは

馳怜

短編

「役割」という言葉を知って、馬鹿馬鹿しいと思っていた。

 殺される役なんて嫌だ。本当は生きていたい。

「役割」という意味を知って、逃れることを諦めた。

 誰も彼も「人形」だ。俺もこいつも、死ぬその時まで果たさなければならないのだ。







 僕は勇者をしている。平凡な村で生まれ、ひょんなことから「選ばれし者」になってしまい、世界を救う。どこかで聞いたようなおとぎ話だ。課せられた使命はやっぱり「世界滅亡をたくらむ魔王を倒し世界を救うこと」。どこにでもある結末で、非常にチープだと思う。

 そんな僕の隣にいるのが現魔王だ。何故か村を出てすぐ遭遇してしまった。人間の形をした魔物なので、すぐにわかった。さすがに死ぬと思った僕は逃げ出したのだが、そんな僕を魔王は引っ捕らえ、こう提案した。

「一人旅に飽きたから、お前も来い」

 そうして、現在に至る。冒険をすることなく、様々な国を渡り歩き、時に野宿し、時に人助けをし、時に獣や魔物に殺されそうになりながら旅をした。そうして今や僕と魔王は妙な絆を築き上げている。彼と旅をして、およそ一年が経とうとしていた。

「ねぇ、そろそろ王様に進捗を報告しないと怒られそうなんだけど」

「知らん。ほっとけ」

 とある国へ向かう途中の森で、僕らは夜を明かそうとしていた。焚き火の炎を見詰めながら、小枝をポキンと折り火にくべる。

「いつまで旅を続けるんだよ」

「飽きるまでだ」

「もうどの国にも行っただろ、流石に飽きるよ」

「俺は飽きてない」

「僕が飽きたんだよ」

「飽きるな」

 不毛な会話が途切れた。魔王は寝そべりながら炎を眺めている。

「………何で魔王なのに旅をしようと思ったの?」

 僕の質問に、彼は面倒臭そうに答える。

「滅亡させるために世界を下見してんだよ」

 沈黙が流れた。と、彼がため息を吐きながら起き上がる。

「この世界じゃあな、皆に役割があんだよ。逃れられない役割」

「………ふぅん?」

「お前だったら、俺を殺すって言う大層な役割があんだろ」

 僕は相槌だけ打って、何も言わなかった。彼の言葉に違和感を覚えた。

「僕なら、君を倒したってことにできるよ。滅亡をたくらむ奴になんて見えないし」

「はぁ?何言ってんだよ」

「そうすれば、誰も死ななくて済むんだよ。正直、僕は誰かを殺すなんてできないから」

「はぁあ?」

 彼は首を傾げた。人を小馬鹿にしたような態度だが、今ではそんな思いは一切無いと知っている。

「勇者クンが何言ってんだよ。お前は俺を殺さねぇとダメなの、わかる?」

「じゃあさ、何でそんなに死にたいの?」

 僕の問いに、彼は押し黙った。言葉を探しているようにも見えた。

「…………死なないといけないような気がするんだよ」

「自殺願望でもあるの?」

「さぁ?」

 彼は短く笑った。

「なんつーか……さっき役割があるっつったろ。俺の役割はお前に殺されること。だから、嫌でもそれが頭にちらつくんだろうな」

「……………」

 僕は何も言わず彼を見つめた。彼は焚き火の炎をぼんやりと眺めていた。

「どうせ殺されるんだから、この世界を見てみようと思った。嫌な気分で死ぬより、良い気分で死にてぇじゃん?」

「それは理解できない」

「……あっそ」

 再び沈黙が流れる。

「多分俺は、死にたいんだよ」

 それだけ言って、寝転んだ。仰向けで空を見ながら、自分自身の言葉を噛み締めるように。

「子供の頃に、俺は世界を滅亡させるために動き、最期は殺されるって役割を知った。どう転がっても足掻いても、殺されるんだよ。笑えるだろ」

 彼の乾いた笑い声が響いた。

「死ぬんじゃなくて殺されんの。子供からしたらすげぇ悔しかったんだろうな。周りの奴等が羨ましくて憎くて仕方がなかった」

 沈黙を潰すように、炎の弾ける音が聞こえる。先程まで意識しなかった音が、今では煩いほどに耳に入ってくる。

「嫌な感情を撒き散らしながら、旅を始める少し前にやっと気付いたんだよ。あー、今の俺が一番きたねぇってさ。醜すぎるよな、憎悪と羨望を抱く自分自身を甘んじて受け入れ、そのまま変わろうともしなかった。今じゃのうのうと旅してんだから」

「……………だから死にたいの?」

「死ななきゃなんねぇんだよ」

「でも……」

「ハイハイ終わり!俺は疲れたから眠い!」

 僕の言葉を遮り、彼は背を向けた。彼の背に言葉を掛けることなどできず、僕はその後、炎を見続けた。



 朝、僕は日の眩しさで目が覚めた。炎は消え果て、真っ黒になった炭だけが残っている。

 僕はぼんやりした頭で魔王を揺さぶり起こした。目覚めの悪い彼は唸りながら身体を起こす。

「行こう、今日中にあの国に着かないと」

 簡単に朝食を済ませた僕らは、ゆっくりと出発した。未だに昨晩の彼の話が頭の片隅でくすぶっていた。

 昼下がり、森を抜けてだだっ広い草原に出た。旅人たちにより踏み固められた道がかろうじて見える。その他には草しか見えるものはない。

「あのさ、昨日の話なんだけど……」

 僕の言葉に、彼は盛大にため息を吐いた。

「まだあの話続けんのかよ」

 イラついているのが見てわかったが、僕はもやもやと残り続ける異物感をどうにか消し去りたかった。

「やっぱり僕は、誰も死なせたくない。魔王だからって理由で君を倒したくない。このまま旅を続ければ、世界は平和じゃないか」

 振り返り訴えると、彼は眉間に皺を寄せ、僕を睨んでいた。

「お前、旅に飽きたって言ったろ」

「構わないよ。世界は滅亡しない、君も倒されずに済むんだ」

「つーかさ、殺すのは今じゃねぇんだし。今どうこう考えなくても良いだろうが」

「今もこれからも、僕は誰も殺さない」

 僕の言葉に、彼は声を荒げた。

「あのさあ!」

 僕を睨むその目が更に鋭くなった。

「てめぇは俺を殺す、それで丸く収まるんだよ!うだうだ綺麗事並べやがって!!俺の役割を奪うんじゃねぇ!!」

「役割なんか気にしなくても良いだろ!君は世界を旅してきたからわかるはずだ。魔王がいてもこの世界は美しい、死ぬ必要なんて無い!」

「……確かにこの世界は美しい。羨ましいほどに」

 そして僕は彼の劣等感に気付いた。気付くのに、遅過ぎた。

「だからこそ俺はこの世界にいちゃならねぇんだ!!俺がいれば!世界が醜くなる!!」

 彼は勢いのまま僕の首を掴んだ。

「殺せ!殺せ殺せ殺せ!!俺を!殺せ!!」

 目の前の彼は、まさに「魔王」だった。怒りで顔を歪ませ、首を絞める手の力が強くなった。

「殺せ」と繰り返し、僕の首を絞め続ける。僕はどうすることもできず、徐々に意識が薄れてきた。ここで僕が死ねば、彼も役割から解放されるのではないか。そう思ったのだ。

 しかし次の瞬間、喉に空気が流れ込んできた。

 何が起こったのかわからず、咳き込みながら彼を見上げると、彼の腹に剣が刺さっていた。

 僕の剣だった。

「そんな……違う、なんで……!?」

 僕は急いで剣を抜いた。力なく倒れる彼を支え、傷口を手で押さえる。それでも手の隙間から血が溢れ出てきた。人間のものではない、真っ黒な血だった。

「お前も……役割を、わかってんだな………」

 か細く彼は呟き、僕の手を払いのけた。

「もう一突きだ………。それで、やっと………」

「いやだ……!君が死ぬ必要なんか無いのに!」

「頼むよ………。楽に、させ……くれ」

 この草原から目的の国まで、あと半日は掛かる。そこまで彼はもたないだろう。苦しむ彼を目の前に僕ができることと言えば、彼を殺すか、奇跡を願うことだけだった。

 だが残念ながら、僕は奇跡など信じる人間ではない。

 僕は剣を手に、横たわる彼を見下ろした。

「役割なんか、本当に大嫌いだ」

「……俺もだよ」

 それが勇者としての僕と、魔王としての彼の最後だった。





 あれから数年。

 王様に世界を救ったと報告した僕は、どんな褒美も断り再び旅に出た。

 数年経った今でも彼を忘れられないし、彼の言葉を考え続けている。

 彼はもしかしたら、魔王だったからこそ、自分で終わらせる選択が許されなかったのではないか。魔王だったからこそ、劣等感から逃れる選択ができなかったのではないか。そして勇者の役割は、そんな魔王のためだけにあったのではないか。

 そんなことをぐるぐると思いながら、僕は旅をする。

 飽きても飽きてもやめられない。そんな一人旅を。





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