第一章 フロンズ聖伐軍

第1話 人類最後の世界『アースレディア』



 シュシュシュシュ、と忙しない音色が続いている。

 

 果てしない大地を縦断するマギナ動力式機関車。それに牽引けんいんされる車両の窓からは、どこまでも続く雄大な自然の風景が楽しめる。思わずため息が漏れてしまうくらいに素晴らしいものだ。

 

 「うわぁー! すごいすごいっ。はやーいっ」

 

 現に、ボックス席で俺の対面に座っている人はさっきから感動しっぱなしである。窓から身を乗り出して、まくし立てる言葉は子どものような感想ばかり。

 

 「ほら見てレンくん! すごく広い湖! あれが海なんだね! 私、初めて見たよ!」

 「ああ、分かってる。少しは落ち着いたらどうだ? フィオ」

 「むぅー。レンくんってば冷めてるー」

 「海なんてあっちの世界では普通にあるモンだからな」

 

 むくれるフィオを軽く受け流し、俺も車窓に目をやった。まるで人の手が加えられてない大地の遥か彼方には、確かに朝日を浴びて輝く大海が広がっている。まあ、口ではそう言ったが、久しぶりに見る海もなかなか美しいものだ。


 しかし、内陸部にある聖域内で生まれ育ったフィオにとっては、俺以上にセンセーショナルなものなんだろう。機関車という乗り物も今回が初体験らしく、乗り込む時はその外見を、乗り込んでからは内装の綺麗さを、そして走り出してからは機関車の速度と流れゆく車窓の景色にとても興奮していた。

 

 だから、俺の冷めた態度を見ても尚、フィオは楽しそうに窓の外へ上体を躍らせて。


 そうすると、俺の目の前には彼女の下半身が自然とやってくるわけで。

 

 流れ込んでくる強い風がスカートを、見えそうで見えないラインの間で激しくはためかせる。年頃の肉付きの良い太ももが太陽光につややかに照らされ……もう少しなんだがなぁ……!

 

 「フィオライト様。危険ですから頭を外に出すのはやめてください」

 

 くそうっ! あとちょっとだったのに!


 隣のボックス席に座っていた女性がフィオをたしなめる。そのせいでフィオは体勢を戻してしまった。むぅ、もったいない。


 「すみません。ちょっと興奮してしまって……」

 「気持ちは分かりますが、あまりはやらないでください。あなたは人類にとって重要な存在。そうでなくとも、移動中は特に危険なんです。軽々しい行動は慎んでいただきたい」

 「は、はい。ごめんなさい……」

 「そら見たことか。子どもみたいにいつまでもはしゃいでるからそうなる。もう少しでパンツも見えるトコだったしな」

 「ふぇっ?! ウソっ!」

 

 少しからかい気味に言うと、フィオは一瞬で顔を真っ赤にし、今さらスカートを押さえて座り込んだ。そしてムッツリと頬を膨らませ、なぜか俺を恨めしそうな目で見つめてくる。

 

 「レンくんのスケベ。ホンっト油断も隙も無いなぁ……」

 「見えるトコだったって。別に見えたわけじゃない。というか、なんで俺が悪い、みたいになってんだ。怒られたのはフィオの自業自得だろうが」

 「うぅ~~~~っ」

 

 俺がそう指摘すると、フィオは餌を取り上げられた柴犬のような顔で唸り始める。俺に論破されて悔しがってる様子だ。押さえたスカートを今度は指で軽く持ち上げ、ヒラヒラと揺する。

 

 「こんな服、着るの初めてなんだもんっ。この、スカートっていうの? なんでこんなに短いんだろ……ちょっと動いただけで見えちゃうじゃないー」

 「しょうがないだろ。それが訓練生用の制服なんだから」

 

 まあ、ゴルドランテではずっと祭服だったからな。七つの玉に囲まれた女神の紋章を後ろ見頃みごろに印した白のブレザーにミニスカートという、着慣れないファッションに苦労するのも無理はない。

 

 未だ火照りを残す顔で、なんとかスカートを引っ張って伸ばそうと無駄な努力に勤しんでいるフィオに苦笑し、俺は再び車窓に視線を移した。

 

 


 異世界転移を果たしてから一年という歳月が経過していた。

 



 時の流れはあっという間だ。ゴルドランテに降り立ち、化け物どもの襲撃を退けた俺は、それから一年をかけて様々な勉強や修行をした。この世界の歴史や伝承。女神セルフィスを信仰する『アマミラ教』の教義。マギナの使い方。勇者という意義と、その使命。


 日本という平和ボケした国のどこにでもいる男子学生に過ぎなかった俺にとって、慣れない修行や元の世界とはかけ離れた環境での生活は辛かった。その上、常に死と隣り合わせにあるが故に倫理観を損なった一般常識や、村人たちからの期待という重圧もあって、何度も挫けそうになった。

 

 その度に俺を励まし、支え、共に歩んできてくれたのが目の前の少女。

 

 フィオライト=デッセンジャー。

 世界に6人いる『神祝者ソラリハ』が1人、ゴルドランテの巫女。

 彼女がいなければ、俺はとっくに音を上げて、全てを放り出していただろう。

 

 そして今、俺とフィオは、線路をひた走る機関車に揺られている。一両目に俺たち、そして二両目に同郷の若者たちを引き連れて、目指す先はただ一つ。

 

 「あっ、見てレンくん! あそこ!」

 

 フィオは腰を浮かし、窓に人差し指を向けた。俺は窓に顔を寄せ、その方に視線を送る。


 盛り上がった丘から一望できる景色の向こう、お堀らしき環状の大きな湖に囲われた街があった。地方都市レベルの小さなものだが、俺がこの世界で見た中で間違いなく一番大規模なものだ。

 線路はその都市まで伸びる跳ね橋の傍の駅舎まで続いている。すなわち、あそこが機関車の到着場所。


 「あそこが、これから私たちが暮らす街、『フロントーラ』なんだね!」

 

 窓ガラスに手を当てて、フィオが声を躍らせる。期待と、どこか憂いを帯びた声色。振り向けば、彼女の眼差しは決意に固まっていて。

 

 もしかしたら、今までの楽し気な様は不安を隠すための演技だったのかもしれない。あるいは、俺の緊張をほぐすためか。

 フィオは人の感情の機微きびに敏感で、不安や恐怖を感じ取ると、空気を和ますために明るく振る舞う癖がある。そんな彼女がずっと傍にいてくれたから俺もここまでやってこれたし、村人や神殿の聖職者たちから愛されていたのだ。


 この期に及んでもまだ、他人を想っていたのか。

 

 フィオの深い愛情を前にして、改めて俺は決心する。彼女のために戦おうと。勇者として悪と立ち向かい、人類を救って世界を元の形に戻す。そのために力を使おうと。

 

 そう、あの地。王連合軍に対抗すべく、六つの世界から結集した人々によって組織された多国籍軍の軍事基地を中心として出来た軍都、フロントーラ。俺たちはこの世界で、己の運命へと踏み出す。



 

 ここは、人類最後の世界、アースレディア。




 俺たちは本日、ゴルドランテから旅立ち、この世界へとやってきた。

 

 王連合軍と戦う人類最後の希望、フロンズ聖伐せいばつ軍に入隊するために。







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