俺が送られる異世界が7つある件について~女神様からチートをもらったけれど、世界統一へは遠そうです~

@uruu

プロローグ

第1話 異世界転移は突然に


 

 七つの玉が浮かんでいた。

 

 ……突然、なに言ってんだって思うだろう。俺自身もそう思う。でも、本当にそう言うしかないのだ。

 シャンデリアとか、そういう部屋の内装じゃなく、バレーボールを二回りほど大きくしたような玉が七つ、部屋の中に宙に浮かんでいる。一つの玉を囲むように六つの玉が円状に並んでいる光景。目を覚ますと、いきなりそれが視界に飛び込んでくるんだから、そう言うしかない。

 

 「っていうか、ここはどこだ?」

 

 起き上がって周りを見渡す。木造の骨組みと大きな屋根だけの簡素な建物。どうやら俺は、東屋あずまやみたいな施設の床に寝ていたらしい。

 んで、東屋の周囲には豪勢な花畑が広がっている。赤とか黄色とか白とか、とにかくたくさんの花が咲き乱れていてめちゃくちゃ綺麗だ。それに、ものすごく良い香りが漂っている。深呼吸すれば体の中から洗われるような気分だ。いいな、是非とも彼女と一緒に来たい場所だ。まあ、彼女とかいねーけど。生まれてこの方できたことねーけど。


 まあ、それはともかくとして。

 

 ここがとても良い場所であることは分かったが、どうして俺はこんな所で寝ていたんだ? それも、Tシャツにスウェットパンツという完全なる部屋着で。

 いくら頭を捻っても分からない。記憶を探ろうとしても、まるでもやがかかったかのように思考を阻む。

 

 「もしかして夢なのか?」

 

 だとしたら、こんな辺鄙へんぴな所で寝ていたことも説明がつく。花畑のど真ん中に一つだけ建っているこの東屋も、その中で浮かんでいる七つの玉も、夢であるなら納得だ。

 

 でも……それにしては妙にリアルだな。この手の質感も、鼻先をくすぐる香りも。このわけわからん七つの玉だって……ん?

 

 再度、七つの玉に目を向けた時、あることに気付いた。七つの玉の中で何かが動いている。

 近づいて目を凝らすと、水晶のような透明な玉の中に巨大な怪獣が歩き回る森林地帯の景色が映し出されていた。湖畔にある楼閣ろうかくや血と戦塵が舞う荒野など、風景は玉によってそれぞれだ。

 

 「なんだこれは……」

 「醜いでしょう?」

 「はひっ?!」

 

 見るのに夢中になっていた俺は、不意にやってきた背後からの声に驚いた。


 急いで振り返る。そこには、金物のリングをつけた大きなステッキを右手に持つ、ウェーブかかった金髪の美女が立っていた。服装は古代ローマ的な真っ白な布を体に巻き、金細工の装飾品で留めたようなもの。大きく開いた胸元には、零れんばかりの果実が呼吸に合わせて魅力的に揺れている。

 

 なんという美人だ。街中で見かければ老若男女問わず誰もが振り返るだろう。出会えたことに感謝すらしたいほどだ。


 ……って! いや、それよりも! いつの間にそこに?! ここにはさっきまで俺しかいなかったはずだ!

 

 「……そう、思いませんか?」

 

 玉を見上げていた美女が俺に視線を向ける。

 

 なんだろう、この威圧感。別に睨み付けられているわけじゃないのに、その透き通った瞳に見つめられると妙に緊張してしまう。

 それほどの高貴さ。軽はずみに関わってはいけないと本能的に悟ってしまうほどの威光が彼女の全身からほとばしっていた。

 

 だから、俺はその人の問いかけに答えることができなくて。

 

 美女はそんな俺に文句を言うようなことはせず、静かに隣まで歩み寄ってきた。そして頭上の玉をもう一度、見上げる。

 

 「これら小さな世界は、もともと一つの大きな世界でした。しかし、悪しき力に魅入られた『おう』の出現により、このような歪なかたちになってしまったのです」

 「一つの、大きな世界? 王……?」

 

 美女が語る、七つの玉の説明、のようなもの。

 そんなこと唐突に言われても、理解しろという方が無理な話だ。俺は訝しげな視線をその端正な横顔にぶつけることしかできない。

 

 それに気付いたのか、美女は金髪を優雅になびかせながら振り返る。床をつくステッキのリングが、シャンと涼やかな音色を鳴らした。

 

 「まあ、急にこのような話をされても、素直に受け入れられるとは思っていません。しかし、あなたは選択をしなければならない。『勇者』、七津木ななつき廉也れんやよ」

 「ゆうしゃ? いや、それよりも……どうして俺を名前を?」

 「存じていますよ、あなたのことは。なぜなら、あなたは私が選んだ人材なのですから」

 「……あ、アンタはなんなんだ?」

 「私の名はセルフィス。七つの世界を統括する女神にして、全ての願いが叶う場所『アマミガハラ』の管理者です」

 「め、がみ?」

 

 挙句の果てには『女神』と来たか。いい歳して中二病を発症しているのか、それとも常人には見えない存在と意思疎通ができる電波な人なのか。いずれにせよ、この女神を自称するセルフィスさんとやらはずいぶんと可哀想な頭の持ち主のようだ。せっかくの美人なのに、もったいない限りである。

 

 …………なんて、笑い飛ばすには、彼女の表情は真剣過ぎて。

 現在、置かれている自分の非現実的な状況をかんがみても、冗談と受け流していいとは思えない。


 え? だったら、全て本当のこと? この人は女神で、俺は……『ゆうしゃ』? それってアレか? 勇ましい者と書いての『勇者』? ゲームや漫画に出てくる、今やラノベの主人公の代名詞である『勇者』なのか?

 

 と、いうことは……。

 

 「これってまさか異世界転生?!」

 

 瞬間的に頭に湧いたフレーズを、感情のままセルフィスにぶつける。うわ、こんなセリフを大声で言っちゃったよ。恥ずかしい。

 顔を赤らめる俺に、依然としてすまし顔のセルフィス。……なんか反応してくれよ。無表情とか余計に恥ずかしいじゃないか。

 

 「……イセカイテンセイ、というのは理解できませんが、あなたを他の世界から招集した、という意であるなら正解です。あなたには私が統括する世界に渡っていただきます。そこで勇者となり、世界に平和をもたらしてください」

 「うわ! ホントにラノベみたいなこと言ってる! 待てよ、これってやっぱり夢じゃないか?! あっ、痛いっ! 夢じゃない!」

 「らのべ……とやらは存じませんが、頬を抓っても元の世界で目覚めることは叶いませんよ。すでに死亡は確定しているので」

 「えっ? 死……」

 

 ついでに、セルフィスは重大な事実をさらりと発表した。

 いや、そうか。セオリーならば、こうやって1人で異世界転生……いや、この場合は異世界転移か。まあ、どちらにせよ、主人公は死んでいるのがパターンだ。最近はそれも少なくなってきてる印象だけど。

 

 だけど、人が死んだことをこうもあっさりと言うか普通? それも本人を目の前にして。もっとオブラートに包めよ! 優しく諭してくれよ! そんでその豊満な胸で抱き締めてくれてもいいじゃない! 女神様ならそのくらいの慈悲を持てっての!

 

 「……なにか邪念が感じられるのですが?」

 「はは、まさか。……で、その、俺は、あの……本当に、死ん……だのか?」

 「おや、まだ自覚していませんでしたか。しかし、あなたも薄々は気が付いていたのでしょう? ここが現実の世界ではない、ということを」

 「…………」

 

 確かに、その通りだ。定かではない記憶であっても、ここが自分の居場所ではないことははっきりと分かる。いや、それ以前に人が住んでいいような場所ですらない。

 

 「……ここは、どこなんだ?」

 「先ほども申し上げたでしょう。ここは全ての願いが叶う場所、アマミガハラ」

 「全ての願いが叶う、場所?」

 「ええ。もちろん、願いの実現は管理者である私の認可が前提ですが。私はこの地から世界を見守り、必要があれば我が子に手を差し伸べているのです」

 

 そう答えて、セルフィスはステッキで床をつく。シャンと音が響き、すると、七つの玉はゆっくりと下降を始め、彼女が前に翳す左手の上に落ち着いた。

 

 「しかし、それには限度があります。あくまで私は見守る存在。世界の保守は人の手に委ねられるべきもの。おの権能けんのうを逸脱し、無制限に力を与えていれば、間違いなく秩序の崩壊を招きます。ですが、そうも言っていられないほどに事態は切迫しているのです」

 「……さっき言った、悪しき力に魅入られた王のことか……?」

 「よく覚えてましたね。そうです。七つの内、六つの世界はそれら王によって支配されています。彼らの目的は我が子の殲滅、もしくは世界征服。そして、各世界の王たちは連合を組み、我が子の最後の砦である、七つ目の世界に宣戦布告したのです」

 

 セルフィスの説明に呼応するように、中央の玉が浮かび上がる。そこに映し出されるのは、軍用施設群を中心とした都市だ。

 そこで俺は理解した。この七つの玉こそが、セルフィスの言う七つに分けられた世界。そして、浮かび上がったそれが七つ目の世界だということを。


 





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