或る絵画
せいや
或る絵画
私はそこに足を踏み入れた。
そうだ、これこそが私がずっと追い求めていたものなんだ。
私の目の前に、いつも夢に描いていた一枚の絵画が、煌々と光っている。
肉眼で見たその絵画は、夢で見た以上に壮麗であった。
線の一つでもこの絵画に加えられれば、この絵画は魅力を失ってしまうだろう。
そう、その瞬間にただの一本線がもたらしたとは思えぬほどの不秩序が、その絵を覆ってしまうのだ。
暫く見とれていると、不意に男がこの部屋に入ってきた。
私の視界の端に、彼からの視線を感じた。
彼も、この絵画を夢に見たひとりなのだろうか。
はたまた、初めて見るこの絵画に魅了されるひとりかもしれない...。
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私の足取りは重い。
この美術館の一体どこに、私の心を動かすような代物が存在するというのか。
一握りの期待も持たぬまま、その部屋に足を踏み入れた。
その景色は他となんの差異もなかった。
中央に安置されている絵画の存在が、いよいよ私を苛立たせた。
しかし唯一違っていたのは、その絵画の前に一人の男が佇んでいたことだ。
彼は私が部屋に入ったことになど一切気づいていない様子だ。
その男の表情に目を留めたとき、不思議な感覚に襲われた。
その男が、私が今まで見たことのない類の眼光を放っていたからだ。
驚いて絵画に目を移したが、そこには円だの直線だのが無造作に描かれた紙が、大仰な額縁に入れられているだけだ。
絵画と男を見比べれば見比べるほど、気味の悪い滑稽さを感じた。
私は最後にその男を凝視し、その部屋を後にした。
遂に男は最後まで、その絵画から目を離すことは無かった。
或る絵画 せいや @mc-mant-sas
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