第10話 村人たちが欠かさない事
ミヤビたちを見送った後、アレクに別れを告げたチェルシーは、キスカと共に公民館へと向かっていた。
「オグリから北東部周衛基地まで……馬でも三十分は掛かるわね。もう少し早くに出ていたら間に合ったのかもしれないけど……」
長い影を落とす道を歩きながらチェルシーは呟く。そして隣のキスカに目をやると、彼はその視線から逃げるように空へ顔を向けた。
「多分、マルク工廠長にバレるのが怖くて言い出せなかったんじゃねーの? 馬鹿だよなぁ、さっさと言えば間に合ってたはずなのに。これであのアルニマが使われなかった、となっちゃあ大目玉だぜ。かわいそーに」
普段通りの軽い口調で答えるキスカ。だが、その瞳が確かに泳いでいることを、チェルシーは見逃さなかった。
同郷者であるキスカとは、もうそれなりの付き合いである。その態度が何を示しているのか、経験からおおまかに把握することは可能だ。嘘と
「……そうね」
だが、それを今、追及したところで意味は無い。どうせはぐらかすに決まっているし、腹立たしいが口先は向こうの方が
今回の罰が、マルク工廠長が下したものであることからも、話の大筋はキスカが正しい、と認識しておくべきだろう。そうでなければ、マルクすらも言いくるめられた……あるいは、マルクも共犯ということになりかねないのだから。
いずれにせよ、オグリ防衛に集中しなければならない自分が気を回すような事柄ではない。
「アンタ、帰ってきたらちゃんと彼をフォローしてあげなさいよ?」
せめて、そのくらいはするべきだと思い、チェルシーは忠告した。
「別にいーだろ。あいつの自業自得だし」
「いいじゃない、そのくらいしてあげても。アンタ、マルク工廠長に顔が利くんでしょ?」
チェルシーが確かめると、キスカは「へっ」と鼻で笑った。
「そういう意味じゃあ、とっくにオレはフォローをしてるよ。なんてったって、オレの口利きのおかげであいつは中央司令基地の工廠に入ることができたんだからな」
「え? じゃあ、彼もアンタと同じ、コネでの配属ってわけ? そういえば、アンタの他に数人がマルク工廠長から誘われた、って前に言ってたわね……」
「そう。その1人があいつなワケよ。だからあいつはオレに逆らえねーんだ。もう完全にパシリってカンジ? あいつ、変なところで真面目だからさー」
「ひどいわね。やめときなさいよ、どうなっても知らないわよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。そんな、犯罪みたいなことはさせねーし。ま、なんかあった時は全部あいつのせいにすれば……あっ、」
キスカは慌てて口を手で覆った。まるで、それが失言である、と言わんばかりに。
そうであるならば、その失言に当たる文言は何か? この人気の無い荒れた砂利道を共に歩くチェルシーに聞かれたくないことは。
「アンタ、まさか……」
チェルシーの脳内で、その疑問と先のやり取りが結びついてしまうのは当然の成り行きであり、それについて問い質そうとすると、先にキスカが言葉を走らせた。
「そっ、それにしてもよぉ。本当に
わざとらしく辺りを見回しながら、明るい口調を振る舞うキスカ。話題を変えるつもりなのだろうか。
「今さらなに言ってんのよ。ここにいる人たちはフロンズ聖伐軍に不信感を持ってることは知ってるでしょ? それよりも、今の話――」
「っていうか、お前も防衛任務があるんだろ? いつまでも呑気に歩いてねえで、ほら! 早く公民館に戻ろうぜ!」
「あっ、こら待て馬鹿キスカ!」
「どうかしましたか?」
その時、公民館の正面入り口からラフィが現れる。騒ぎを聞きつけて表に出てきたのだろう。
チェルシーの視線を辿り、宿舎の入り口に消えていくキスカの後姿を発見したラフィは、呆れるように言った。
「相変わらず仲がよろしいですね」
「はっ……よしてよあんなヤツ」
「……? まあ、ちょうどいい時に帰ってきてくれました。アンナさんからの定期連絡です」
「アンナさんから?」
「はい」と頷き、ラフィは公民館の中へ引き返していった。チェルシーもその後を追い、町内会議に使われる大部屋の片隅に設置された通信機材の前に座る。
本作戦において、通信手段には無線機、すなわちトランシーバーが用いられている。フロンズ聖伐軍が一般的に使用する通信機器は、その
疑似聖域は、戦時中にのみ使用されるアルニマではない。常時、域内と域外の間に発動している。ただ、その度合いが違うのだ。
疑似聖域の第一段階は、マギナのみを遮断する防護壁になっている。これが現在の状態だ。
そして、第二段階になると、肉眼でも識別できる虹色の外観を獲得する。この状態では、物質にも干渉することができ、外からの侵入や攻撃を完全にシャットアウトできる。
しかし、第二段階は莫大なマギナを消費し続けるので、常に発動しておくことはできない。そのため、
だから、電波を使っての交信が必要になる。ただ、無線機は使用範囲に限りがあるので、北東部周衛基地を中継地とした通信だ。急襲班がまず、北東部周衛基地を目指したのは、周波数を設定するためでもあったのだ。
大部屋に設置された機材は北東部周衛基地からの電波を安定的にキャッチすることができる据え置き型であり、その通信係を受け持っているのがキスカだ。彼がまず、急襲班からの連絡を受け、状況に合わせて各兵士が持っているトランシーバーへ回線を繋ぐ。
チェルシーももちろん、専用のトランシーバーを持っているが、公民館まで来たのなら直接、話した方が早い。
チェルシーは据え置き機のマイクを取り、通話のボタンを押した。
「はい。チェルシーに変わりました」
『こちら、北東部周衛基地、レジスタンス拠点急襲班班長のアンナだ。現在時刻
ああ。やっぱり間に合わなかったか――チェルシーの脳裏に、北東部周衛基地へと旅立った2人の背中が過る。オグリを発ってからまだ十分あまり。道のりの半分程度しか進んでないだろう。
その無念さを想うと、ここで引き止めておこうか、という
「了解しました。現在、オグリでは特に問題は起きていません」
『了解。それでは、30分後にまた連絡する』
「はい。第一班のご武運を祈っています」
述べる片手間で、テーブルに備えてあるメモ用紙に報告にある強襲班の現在地と現在時刻を殴り書きする。通信係はこうして逐一、記録を残しておかなければならない。なぜなら、強襲班に何かがあった場合、その動向を追跡することができないからだ。
その後、交信は途絶えて、チェルシーはマイクをテーブルに置いた。それから一息ついていると、「急襲班はこれから?」とラフィが訊ねてくる。
「ええ。30分ごとに定期連絡が来るから、後はよろしく頼むわね」
答えながら立ち上がり、大広間から出ていくチェルシー。「分かりました」と応答する彼に手を振って、そのまま公民館を後にした。
そうして外に出た時、目の前を横切っていく多くの村人たちを目にする、各々が、たくさんの食材や調理器具などを抱えていた。太陽の騎士団やルーク級たちのための炊き出し作業に来た人々だ。
フロンズ聖伐軍に失望し、チェルシーたちに強い反抗意識を持っている村人たちだが、どういうわけかこの夕食の炊き出しだけは毎晩、欠かさずに行われているらしい。
口では批判しているが、防衛任務に来てくれたことを密かに感謝してくれているのか。それとも、一応の礼儀は尽くすべきだ、という彼らの
「……まあ、サポートしてくれるのはありがたいことだけどね」
そして今日も、公民館裏手のスペースで炊き出しの準備に取り掛かるエイラたち村人の集団を見つめるチェルシーは、その恩に
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