08.光在れ

 手元に揃った13枚の写真を見つめ、コウキは意外な共通点に驚いた。


「捜査当局は、これを見落とした…?」


 意外すぎて声が掠れるほど、一目瞭然の共通点だというのに……。


 なぜ誰も指摘しなかった?


 いや……本当に誰も気づいていないのか。


 指輪のデザインに注目しろと繰り返されたヒントが甦る。


 実際に指輪を目の当たりにしなくても指摘したロビンは、他の部分から何かを汲み取ったのか。それらが推理の根幹を成し、導きされた結論が事実と一致する。


 彼と自分の差は何だろう……知能指数だけか? 


 注意力か? 


 単純に経験の差なのか……。


 視線の先にある写真は、極普通のダイヤ埋め込みタイプの指輪達だ。そう、気づかなければただの指輪でしかない。


 通常埋め込まれたダイヤは、裏から光を当てることは少ない。だがピンクゴールドはプラチナ等と違い、ダイヤを暗く見せてしまう。そのために裏から光が当たるようにデザイン変更されていた。


 裏の地金が閉じられていない。光が通り抜けることで、地金の色を反射させずに透過するダイヤモンドの輝きは『永遠の愛』を誓うに相応しかった。


 それだけではなく、ダイヤは裏側から留めるタイプだ。通常は埋め込んだ形で裏も表も爪がないデザインを採用する筈なのに、すべての指輪が裏から爪で留められている。


 こんな手法は珍しい……ましてや両側から美しく見えるようにカットされたダイヤの形も特殊だった。誰も気づかない筈がないのに……。


 送られてきた写真と一緒に、宝石商が同封したデザイン画によって気づいたコウキは、慌てて他の指輪も確認した。間違いなく同じ手法で製作された指輪だ。


「爪……」


 すぐに製作者を調べさせよう。おそらく同じ工房、または店やデザイナーに行き着く筈だ。


 資料を運んできたFBI捜査官へ指示を出すコウキの蒼い瞳は、僅かに眇められてキツさを宿していた。


 不甲斐ないFBIへの怒りと、プロファイリングの誤りに気づけなかった己への苛立ちが綯い交ぜになって心を乱す。


「後は任せる」


 メモを取る捜査員を残し、コウキは資料片手に歩き出した。




 相変わらず人を食った笑みで迎えるロビンへ、自ら言葉を発した。


「指輪はすべて爪で裏からダイヤを留めている。あれは……同じ人間の手による作品だな?」


 確認の形を取りながら、すでに答えを見出した人間の声色で問う。


 ブラウンの三つ編みを指先で弄りながら、ロビンは僅かに口元を緩めた。


「デザイナーの名が2つ……真贋の見極めはまだ荷が重かったか」


 肩を震わせて笑い、青紫の瞳が真っ直ぐにコウキへ向けられる。珍しい色彩の瞳に引き寄せられるように、数歩前に進んだコウキが唇を噛み締めた。


「ああ、傷になってしまうよ。稀有なる羊……その美しい姿形を与えた神への冒涜だ」


「神を信じていないくせに」


「当然だろう。こんな意味のない……そう、美しさの欠片もない下品な事件を赦す神など信仰に値しない…っ」


 看守が立てた物音が、朗々と語るロビンの口調を止めた。


 ちらりと看守へ視線を向けて唇を動かす。読唇術をマスターしていないコウキには完全に読み取れないが、何となくニュアンスで伝わった。


『無粋な男だ……』


 椅子に触れた際のガタンと乾いた音を、無作法と感じたのだろう。


「君は神を信じるか?」


 突然ロビンはコウキを通り越して、背後にいた看守へ語りかけた。


 口元に三日月の笑みを浮かべ、陶然とした表情の男へ手を差し伸べる。檻の中に囚われた虜囚へ歩み寄った看守が、以前二重にされた外側の格子跡を超えて踏み込んだ。


「……何を…」


「しぃ…」


 人差し指を唇に当てたロビンが、コウキの呟きを遮った。


「カトリック教会の洗礼を受けているね。ならば訊ねよう、神が最初に『れ』と創造したものは?」


 創造主である神ヤハウェを崇めるキリスト教徒なら、よどみなく答えられるだろう単純な質問。


 ロビンの口から放たれたのでなければ、誰もが即答しただろう……彼のように。


「光」


「違うな、『光在れ』と命じた『音(声)』が最初だ」


 詭弁のようだが、それは事実として現在の解釈に加えられた事実だった。絶句した看守へロビンは哀れむ眼差しを向け、止めを差した。


「ならば、私は『最初の音』をもって君に命じよう…――死ね」


 何を言われたのか、そしてロビンの口調の変化に気づいて慌てた。


 看守が声もなく銃を取り出し、自分の頭を撃ち抜く。銃声はパンと軽く響き……重い命はあっさりと散った。


 止めようと伸ばした右手は、返り血が僅かに飛んでいて……。



「タイミングの悪い男だ。オレは話を遮る権利など与えていない」


 神を越える傲慢さで吐き捨てたロビンは、血腥ちなまぐさい空気をいとうように鼻に皺を寄せてきびすを返す。


「………ロビン…」


「大丈夫だ、すべてカメラに映っている」


 だからおまえに迷惑は掛からない。


 平然と言ってのける男が、『死神』の二つ名を持つ連続殺人鬼だったのだと……改めて思い知らされた。

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