02.破滅への一歩
車内に響くのはロードノイズとエンジン音、そして車体を叩く雨音だけ。心地よい沈黙を楽しむように、ロビンはリヤシートに身を沈めて目を伏せた。
右足を上に組んだ膝に、祈りの形に組まれた両手が乗せられている。何度か鉄格子越しに見た姿勢をバックミラーで確認し、無言のコウキはステアを左に切った。
自宅は右折した方角にある。
横Gから左折したことに気づいている筈のロビンは、しかし目を開こうとしない。目前に見えた古びた建物は、地元の警察署だった。
少し速度を落とした車は、停車しているパトカーを避けて再びスピードを上げる。警察署の前を素通りしたコウキの心境は複雑だった。
本当なら、一市民としての義務を考えるなら……ロビンを警察に突き出すのが正しい。FBIに連絡するだけでもいい。なのに、どちらも選ばない自分がいた。
目を閉じているロビンが何を考えているのか、もしかしたら眠っているのかも知れない。そんな彼の行動に興味が沸いてくるのを、どうしても抑えられなかった。
以前より近い距離で、もっと近くで観察してみたい。
研究熱心な心の片隅で、冷静な自分が打算的に囁いた。
どうせ……すべてが終わるまで殺されはしない。彼が自分の何に興味を抱いているのか分からないが、彼が口にした5つの問答のうち、まだ3つが残っていた。
退屈を嫌う彼の性格を考えれば、その3つが終わるまで、コウキを殺さない。
もちろん猛獣と同じで、何を考えているのか本音は理解できないが…。殺されたらそれまで、と奇妙な覚悟もあった。
「……着いたぞ」
声をかけて、ようやくロビンの瞼が上がる。青紫の珍しい色の瞳が数度瞬き、口元が緩められた。
「……海か」
久しぶりだ。そんなニュアンスを汲み取らせる呟きの後、彼は促されるまま車を降りた。
三つ編みから零れた僅かな髪を潮風が弄び、すでに止んだ雨の匂いが残る土を踏みしめるロビンが振り返る。
「お前の実家、だったか?」
疑問形をとりながらも、完全に答えを知っている発言だった。その証拠に、彼の目は面白そうに細められている。
夕日が周囲を照らす時間帯を過ぎた浜辺は、すでに闇色に染まり始めた。
このコテージ風の洋館から、浜辺まで僅か百メートルほど……何も遮る物がない絶景が広がる。
「ああ」
常に持ち歩いている鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。管理会社を雇っているから、いつでも使える状態で、掃除された室内へ足を踏み入れる。
研究に行き詰った時や1人で考え事をする際に訪れる家は、様々な思い出が詰まった宝箱だった。
両親に愛された記憶、そして……血に塗れた彼らの姿。
一瞬のフラッシュバックに目を伏せた。最近はなかったのに、ロビンと共にあることで精神的に不安定なのだろうか。
そこでコウキはようやく気づく。
入り口まで来ているロビンが、何も言わずに足を止めている事実――。
「……ロビン?」
「後悔しないか?」
潮騒の音が妙に大きく聞こえた。
満ちていく潮が、ゆっくりと波で砂浜を侵食する音だ。
まるで己の心に染みてくるロビンの毒のように……お前の思い出にオレを招いて後悔しないのかと問う声に似ていた。
ごくりと喉を鳴らし、コウキは覚悟を決めて頷く。
「構わない、連れて来たのは俺だ」
コツンと靴音が室内に響き、長身の青年はゆっくり足を進めた。
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