04.怠惰と秘密
必要以上に近づくことはないが、コウキは鉄格子の内側でロビンとの対面を選んだ。持ち込ませた椅子に座り、機嫌の良さそうな青年を見つめる。
「今日は何を聞きに来た?」
答えてやろう。
そんな傲慢な口調で尋ねるロビンが、腰掛けたベッドの端で両手を組んだ。左手の親指の背を右親指で撫で擦る仕草は、どうやらご機嫌な時の癖らしい。
目を細めて笑う表情は、その瞳の暗い影がなければ好印象を与えるだろう。
「答える気があるのか?」
質問へ質問で返したコウキに、彼は肩を竦めてみせた。
「殺害動機以外なら……答えてもいいけど」
この時点で、コウキが一番知りたい動機は封印されてしまった。見透かして楽しむロビンは、コウキが持ち出す条件や質問を大人しく待つ。
溜め息をついたコウキの指が、手にしているバインダーの縁を撫ぜた。どうしようか…y考え込んでいるコウキの癖を見咎め、ロビンは勝手に喋りだす。
「人はどうして殺人を犯すか。そして人殺しが忌避される理由を、考えたことあるか? キリスト教の創世記に、カインがアベルを殺したことが原罪であり、最初の嘘となり殺人であったと記されている。動物は互いに殺し合う事が許され、人間には許されない。人は生殖や生存に必要のない欲を持ち、他者を貶め己の優位を誇示する生き物だ。この愚かな生き物が殺し合う世界なら、それこそ神の御意思だろう」
饒舌に語るロビンがうっとり目を閉じる。
目の前にいる看守も、コウキの存在も、監視カメラすら忘れたように……。
「神を信じるのか? お前が」
否定する響きを耳にして、ロビンは青紫の瞳を開いた。真っ直ぐにコウキの蒼い目を見つめ返すと、大げさなジェスチャーで嘆いてみせる。
「神を信じるか、だって? そんな陳腐な話がしたい訳じゃない。コウキ、オレの期待を裏切らないでくれ」
何かに気づいて唇を噛んだコウキへ、ゆっくりロビンが頷く。やっと気づいてくれた……そんな表情は、大人が子供に何かを諭す様に似ていた。
「人殺しが原罪ならば、お前の罪は何だ?」
「そうだな……強いて言うなら、怠惰」
言葉遊びでしかない。そう判断して切り上げればいいのに、コウキは彼の唇が紡ぎ出す言葉に意識を奪われていた。
「だが、怠惰を責められるとしたらコウキも同じだろう? 出来るくせにやらないのは、罪だそうだが……」
人に言われたような表現を使うロビンに、意外な感じがしてコウキは目を瞬かせた。
他人の意見に左右されたり、従う男には見えない。誰に言われたのだろう……気になって前髪を掻き上げた。それは興味を惹かれる物を見つけたときに出る仕草だ。
殺人鬼として死んだ公式記録を持つ男が語り出した、小さな過去の破片たち。その続きが知りたくて、湧き上がる好奇心を押さえきれずに尋ねた。
「……断罪したのは誰だ?」
くつくつ喉を震わせて笑うロビンが、口元に人差し指を立てて『シィ』と子供じみた仕草でおどける。
「母親や神父様じゃないのは、確かだね」
それ以上は言わないよ。
「秘密の多い男だな」
腹立ち紛れに吐き捨てた言葉に、ロビンは何やら興味を惹かれたらしい。コウキへ手を差し出す。
反射的に下へ伸ばした掌に、何か鍵が落ちてきた。
「やるよ。秘密のひとつだ」
ご機嫌で踵を返したロビンが、枕元の本を拾い上げる。それが今日の終了の合図だった。
会いに来る権利を持つのはコウキなのに、切り上げる権利はいつでもロビンの側にある。
不思議な関係はギブ&テイクに似て、居心地は悪くなかった。
凶器になる金属類を取り上げられる筈なのに、彼はどこに鍵を隠し持っていたのか。そして、そこまで大切に保管していた鍵をコウキに渡す理由は?
手の中の小さな銀色の鍵を握り締め、コウキは無言で鉄格子の扉を潜った。
「秘密は危険だから、気をつけてな」
忠告のつもりなのか。淡々と告げられた内容に、コウキは鍵をじっと見つめる。
「……わかった。また来る」
いつもと同じセリフを口にしたコウキを見送るロビンは、楽しそうに目を細めて三つ編みに触れた。
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