補章 覚

【補章 さとり

全国各地に伝わる。山中に住む人間型の妖怪で、人の心を読みとることができる。木こりや猟師を食おうとするが、予期せぬ出来事に驚いて逃げ去るという内容の伝承が各地に残っている。一方、とくに危険なものではないと伝えている地域も多い。山人ともいう。




*****




(少し前の資料室にて)




「ところで阿頼耶。前から気になってたんだけどさ。湯ノ山さんのお守りって、どういう原理なんだい? 陰陽五行とか言ってたけど、あれ、出任せだよね」


「さすがに明人にはバレていたか。あいつの耳鳴りが、『覚』の力の発現によるものだということは話したな? 昔話では、覚は、予期せぬ行動によってげき退たいされるものなんだ。たがを加工中だった男が覚に襲われる話を知っているか?」


「うーん、聞いたら思い出すかも。箍って、竹の輪っかだよね」


「ああ、そうだ。で、経緯は省略するがな、要するに、覚に次々と心を読まれるきようのあまり、男が手元を緩めたら、箍が勢いよくねて覚に当たるわけだ。そして不意を突かれた覚は、人間は思ってもいないことをする、と言い残して逃げていく。この昔話を参考に作ったのが、あの竹製のリングだ」


「ミニサイズの箍ってわけか。でも、今の話だと、箍そのものに覚を祓ったり封じたりする力はないよね。覚が弱いのは、あくまで予想外の出来事なんだから」


「無論だ。あれのきもは、いつ壊れて弾けるかわからない、という点にある。いつ弾けるかわからない物を身に付けていれば、集中力は自然とそちらに向くだろう? ユーレイの耳鳴りは、集中力がさんまんになったり、飲酒によって精神が開放的になったりすることで、未発達な読心能力が暴走して起こるもの。そこまでは真怪秘録覚書に書いてあったからな。後は、気に掛かる何かが常に近くにある状態にしてやれば」


「一定の集中がキープされるから、読心能力が勝手に発動することもない──か。なるほどね。だから湯ノ山さんに渡す前に一度弾けさせてみせたわけだ」


「そういうことだ。それと、思い込みの力だな。覚の力は精神力に由来する。このペンダントで耳鳴りは封じられるんだ、と一度信じてしまえば、それでいいんだ。あいつがもう少し疑り深い性格だったなら、もう少し手の込んだ仕掛けが必要だったろうが、幸い、単純な馬鹿だったからな」


「またそういう言い方を。そこが彼女の良いところだと僕は思うんだけどなあ。それに阿頼耶、なんだかんだ言って、湯ノ山さんのこと、結構気に入ってるだろ?」


「……まあ、嫌っているわけではないが──ん。そろそろユーレイが来る時間だ。この話はここまでだな。残念だ」


「そうかなあ。まだ少し早いように思うけど」


「ここまでだ、と言っている」


「はいはい」



『絶対城先輩の妖怪学講座』一巻・了

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