【短編】ヤンデレ美少女に溺愛された御曹司
上下左右
俺の残念な青春物語
平凡な人生こそ至高である。それが俺こと剣崎徹の座右の銘である。
俺がこのような考えを持つに至ったのは自分が他者よりも優れた人生を経験してきたからであった。他者より身体能力に優れ、他者より学力が高く、他者より容姿が整っている。自分で言うのも何だが、同世代で俺より優れている人間は存在しないと断言できる。
しかし考えてみて欲しい。はたして勝者の人生が本当に素晴らしいかどうかを。俺ほどの運動神経があれば、ちょっとサッカーでもすれば、ほれこの通り。黄色い歓声が響き渡る。そんなバラ色な人生を送るのは簡単だが、それはあくまで一時の快楽を享受しているに過ぎない。
なぜなら人生は必ず沈むからだ。病気や怪我などの不幸なトラブルに見舞われる可能性は常に付きまとう。勝利し続ける人生は不可能に近いのだ。
さらに悲惨なのは勝利してきた人間が沈んだとき、人は今までの嫉妬を交えて、盛大に叩く。それはもう容赦のないほどに叩くのだ。ならば最初から平坦で平凡な起伏のない人生を送るのが最良ではないか。
「女神からチート能力でも与えられて、人生の隆盛が保証されているならもっと頑張るんだけどな~」
四畳半のアパートで寝転がりながら、スマホの小説を読んで、あくびを漏らす。主人公が王国最強の騎士を指一品で倒し、周囲の女の子たちからもモテモテという話で、与えられたチート能力は念じたことが何でも現実になる力だ。ここまで極端だと、主人公が挫折することなく安心して見ていられた。
「俺もいつか異世界に。そして可愛い女神と……」
そんな妄想を邪魔するようにインターホンが鳴る。面倒だと無視していると、訪問者は何度もインターホンを鳴らした。
「新聞は必要ないです。帰ってください」
「私は新聞の勧誘ではありません。あなたが望んだ女神です」
「宗教は間に合ってますよ~」
「宗教勧誘でもありません。私はあなたの人生を変えるための女神です。だから開けなさい!」
「誰が開けるかよ、バーカッ」
女神を自称する来訪者がアパートの扉を叩く。ガンガンと叩く音が何度か響くと、諦めたのか急に静かになった。
「諦めて帰ったか……いったいなんだったんだ、あいつは……」
「だから何度も言っているでしょう。私は女神です」
「まだいたのかよ……」
「私はあなたが扉を開けてくれるまで、ここから動きませんからね」
「はぁ、仕方ねぇな……」
俺には俺の人生がある。いつまでも家に引きこもってはいられない。学校にも通わないといけないし、バイトもしないといけない。いつまでも居座られると邪魔になるのだ。ここはガツンと言ってやろうと、扉を開けた。
扉の先には金髪の女の子がいた。なぜか黒と白のエプロンドレスを身に纏い、澄んだ空のように青い瞳でこちらをキラキラと見つめていた。
「パンパカパ~ン、おめでとうございます。あなたは世界一の大富豪になりました」
「……新手の詐欺か?」
「詐欺とは失礼な。これはあなたのお父様にも関係する話なんですよ」
「親父の……」
「ここで話すのも何ですし、中にお邪魔しますね」
金髪の少女は俺の許可を得ずに、部屋の中へと上がりこむ。四畳半の狭い部屋を見渡すと、ひぇ~っと感嘆の声を漏らした。
「そんなにアパートが珍しいのか?」
「こんな豚小屋みたいなところでも人って住めるんですね。ちょっと驚いちゃいました」
「豚小屋とはなんだ。ここは俺の城だぞ」
「でもこの部屋の広さ、御屋敷のポチの部屋より狭いですよ」
「お前は俺と喧嘩をするためにここへ来たのか……」
「失敬。そうですね、本題に入りましょう」
「おう。お茶はいるか?」
「いりません。なんか埃とか浮かんでそうですし」
「やっぱり喧嘩売りに来たんだろ。そうなんだろっ」
「もうっ、話を脱線させないでください。早く本題を話したいのですから」
「……もういいや。とっとと話せ」
「まず私の自己紹介から。私はクリス。世界一可愛くて、世界一有能なメイドで、あなたのお父様に雇われていました」
「親父に?」
「しかし不運な事故で亡くなってしまいました。あなたのお母様もご兄弟も全員この世から去ったのです」
「あいつら死んだのかよ」
「悲しまないのですか?」
「俺を追い出した奴らが死んだんだ。悲しむはずがないだろ……話は見えてきた。俺以外の奴らが死んで、跡取りがいなくなったんだな」
「そうなのです。故に剣崎徹様、あなたこそが剣崎財閥の当主となったのです」
実家から追放され、今では四畳半のアパート暮らしの俺だが、かつては世界最大の財閥、剣崎財閥の御曹司だった。将来、財閥の当主となるための英才教育を受けて育った俺は、その才能と能力を遺憾なく発揮した。いや発揮しすぎてしまい、兄弟や父親からの妬みにより、財閥から追放されてしまったのだ。追放されてからの俺は、バイトをしながら生活費を稼ぐ毎日を過ごしていた。
「財閥の当主ね。その話、断れるのか?」
「駄目に決まっているじゃないですか。あなたの肩には剣崎財閥、数百万人の従業員の生活が懸かっているのですから」
「え~やだ~」
「やだじゃありません。それにこれはチャンスなんですよ」
「チャンス?」
「私はあなたについて調べました。勉強も運動もすべてが平均点で、優れても劣ってもいない。友人も恋人もおらず、寂しい人生を送っているそうではないですか。かつて社交性以外は神童と称えられたあなたが何と嘆かわしい」
「お前、ちょっと俺のこと馬鹿にしただろ」
「話をそらさないでください。つまりですね。冴えない凡人になりさがってしまったあなたに、世界一の富豪という長所を授けようというのです。このチャンスを逃せば、あなたはこれからつまらない人生を送ることになりますよ。それでいいのですか?」
「いいよ。それが唯一の望みだしな」
「あなたには財閥の長としての責任が――」
クリスの言葉尻をかき消すように、隣の部屋から怒鳴り声が響く。舌を巻いたドスの効いた声だった。
「五月蠅いな~また始まったのか」
「またですか?」
「どうやらお隣さん、借金しているみたいでさ。ヤバイ奴らからも金を借りているらしいんだよ」
「……やはりここはあなたに相応しくありません。お屋敷なら静かなものです。ささ、私と一緒に戻りましょう」
「嫌だね。俺はこの狭い部屋での生活が気に入っているんだ。隣からの騒音がなければ、最高の環境なんだぜ」
徒歩数分圏内にコンビニと駅と学校があり、建物がボロいおかげで家賃も安い。それに何より屋敷と違い、俺一人だけの空間というのが素晴らしい。屋敷は使用人たちが大勢いるせいで、落ち着かないのだ。
「……俺は親父の遺産を相続したんだよな。いますぐ自由に使える金もあるのか?」
「徹様はすでに財閥の当主ですよ。金なんて蛇口を捻れば水が出るが如しで生み出せますよ。見ていてくださいね」
クリスが両手を二回叩くと、彼女と同じ格好をしたメイドたちが現れ、アタッシュケースを三つ置いていく。そのうちの一つをクリスが開けると、中には札束がギッシリと詰まっていた。一億円以上あることは確実だった。
「三億円あります。これだけあれば一週間の食費くらいにはなると思います」
「あんたの金銭感覚にツッコムのは疲れるからやめとく。とりあえず一千万ほど貰っていくぞ。これだけあれば隣の騒音を止められるだろ」
俺はアタッシュケースから百万の束を十個抜き取ると、それを鷲掴みにして、玄関の扉を開けて廊下に出る。隣の部屋の扉が開いていたので、無断で中に入った。
部屋の中には頭を禿げ散らかした男と、幸薄そうな美女。そして二人に隠れている茶髪の少女がいた。
茶髪の少女はタータンチェックのスカートと紺のブラウスを着ており、俺と同じ学校の生徒であることが分かる。部屋の中央で睨みを利かせている人相の悪い男が怖いのか、ブルブルと肩を震わせていた。
「勝手に部屋に入って悪いな。あんたらの騒音がさっきから五月蠅くて、我慢できなかったんだ」
「なんだ、ガキ。俺は忙しいんだ。引っ込んでろ!」
「静かにするなら引っ込んでやるよ」
「……まぁ、良い。こいつらはすぐに大人しくなる。なにせ俺に借金を返してくれるからな。そうだよな?」
「そ、それは……」
禿げ散らかした父親は黙り込む。払えないと口にしているようだものだった。
「払えないなら仕方ないな。なにせ額が額だ。親父はタコ部屋で、妻は夜の街、娘は学生相手にしか興奮できない変態のところで働いてもらおうか。な~に、心配するな。お前の妻と娘は美人だ。すぐに回収できる」
「む、娘だけは! 娘だけはどうかご容赦ください」
母親が床に頭を突いて、土下座する。しかし人相の悪い男は、情がないのか彼女の頭を踏みつける。
「おい、さすがにやりすぎだ」
俺は人相の悪い男の手を掴むと、万力のような力を籠める。ギシギシと骨が軋む音が響いた。
「は、離せ、この野郎!」
「足を退けたら、離してやる」
「チッ」
人相の悪い男は母親から足を退けると、鋭い視線を向けてくる。普通の学生を演じるならここで震えてみせるべきだが、それでは騒音問題を解決できない。向けられた視線より鋭い眼光を飛ばす。
「なにもんだ、てめぇ?」
「ただの学生さ。それよりこのおっさんの借金はいくらだ?」
「そんなこと聞いてどうする? 代わりに払ってくれるのか?」
「いいから教えろ」
「一千万だ」
「お、丁度じゃん。ほらよ、これはおっさんにやるよ」
俺は一千万円の束を父親に渡す。大金を扱っているとは思えない雑な扱いに、おっさんはギョっとした目を向けた。
「な、なんだい、これは?」
「やるよ。借金返済に使え」
「だがこんな大金受け取るわけには……」
「いいから、使えよ。困っているんだろ」
世界一の大富豪となった俺にとって一千万円を渡すことは、コンビニでお釣りを募金する程度の躊躇いしかない。父親は金を受け取ると、目尻から涙を零して、何度も何度も頭を下げた。
部屋に戻ると、クリスが嬉しそうに笑っていた。何か面白いことでもあったのかと聞こうとしたが、すぐに思いとどまる。嫌な予感がしたのだ。
「私が笑っていることがそんなに不思議ですか?」
「まぁな……」
「徹様は悪ぶっていますが、お優しいことが分かったのが嬉しくて。やはり畜生にも心あり。どんなクズにも心の花は咲くものですね」
「俺をどんな人間だと思っているんだよ……それに俺は優しくなんてないさ。ただ静かな環境が好きなだけだよ」
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