第35話
崩れ落ちる瓦礫の中で俺はぼんやりと項垂れていた。
「ぐ、げほっ」
喉から迫り上がってきたものを吐き出す。
べちゃりと水気のある音が辺りへ広がった。
赤い……。
どうやら今吐いたのは血の塊らしい。
だがもはやそんなことすら気にしている余裕はなかった。
『まったくしぶとい男だ』
頭上から声がする。
『我の魔法使いをこんなに……』
視線を動かす。
魔導兵器の足元には数人の魔法使いが転がっていた。
三人は身体を斬り裂かれ、血塗れになって倒れ伏し、残り二人は魔法の使い過ぎによる疲労により、立てなくなっていた。
魔法とは魔力があれば永遠に使い続けることができるというわけでもない。
一度使用するごとに神経をすり減らし、連続して使い続ければいくら魔力があろうとああして疲弊してしまうのだ。
『だが流石にここまでのようだな』
頭上から降ってくる声が右から左へと流れていく。
頭が朦朧としてきた。
ーーまずいな、意識がっ
ずしん、と地面が揺れる。
『察するに、お前は先ほど逃げた娘を手伝ってこの騒ぎを起こしたのだろう? 最後の最後に見放されて、ふはは、滑稽だな』
「何、が」
ぐわんぐわんと視界が揺れる。意識もどこかへいってしまいそうだ
『あんな小娘を手伝ったばかりにお前は死ぬ。あやつに関わらなければ、飯を食べ、女を作り、快適に暮らす未来もあっただろうにな』
ーーみ、らい……
『お前は判断を誤った。そんな楽しい日々を送ること敵わずに、お前は死ぬ』
「……」
『ふん、言葉すら吐けなくなったか』
項垂れるまま、俺は浅く、息を吐く。
『とりあえず手足を引きちぎり、吊るしてやる。苦しみ足掻いて、死んでいけ』
魔導兵器の手が伸びてくる気配がする。
地面が再び揺れて……。
……。
…………何も起きない。
ーーなん、だ
迫ってきていた気配が止まっている。
ーー魔導兵器の動きが、止まった?
『魔力結晶が、壊されただと!?』
困惑する俺の上から声が響いた。
大きく響いたそれは混濁する意識の中、するりと俺の脳みそに浸透した。
『どういうことだ!』
「せ、正確には壊されたかもしれないというだけで、詳しいことは……、ただ集まっていた魔力の供給が途切れましたので何かしら事故が起きたのかと」
『ばかな、あそこは重々慎重に管理しろと言っておいたはずだぞ』
「はい、陛下の命をしかと伝えております。しかし、事実こうして魔力が集まってこないというのは……」
『もしや、あの小娘………逃げたのではなく』
ーーあいつ、やったのか
会話の内容全てを聞き取れたわけではなかったが、確かに聞こえた。
魔力が集まってこないと。
「げほっ、げほっ、ははっ……」
笑みが浮かんでくる。
「ははっ、そうか。やったのか……」
意識が少し、冴えてきた。
地面に突き刺した剣を杖のように支えにしてつかまる。
「そうか……」
ーーなら、こうしてへばってる場合じゃねぇよな……
ぐっと力を入れ、立ち上がる。
『貴様! あの娘は一体どこへ行った!』
耳が震えるほどの大声。
じんと鼓膜が震えるような気がした。
「さぁ、ね」
片方の肩をすくめて見せる。
どこに行ったのかは知らない。
『しらばっくれるな! 貴様達がやったのだろう。よくも、よくも! 我があの結晶をどれだけ、どれだけ!!』
急激に興奮し出した王は怒り狂ったように叫んでいる。
「ただ、聞いたところだと、その魔力結晶とやらはまぁ、今頃粉々になってるんじゃねぇか?」
『許さぬ、絶対に!』
「ははっ」
許さないときたか。
まったく自分のことは置いて、勝手なもんだ。
「魔力結晶でその怒りようなら、その魔導兵器が壊されたら、さぞかし良い声で鳴くんだろうな」
ぴたりと動きを止め、王は言う。
『何を、貴様何を言っている? まさか死に損ないのその有様のくせに、この魔導兵器を壊すと言いたいのか?』
俺は剣先を魔導兵器に向ける。
『っ! そんなよろよろの状態で勝てると、本気で思っているのか!?』
興奮しきった王が叫ぶと空間に衝撃のようなものが走る。
一帯がびりびりと震えた。
『魔力の供給がなくとも、数度の障壁展開なら楽にできる! 好き勝手言いおって! 殺す!』
「好き勝手……、それはお互い様ってもんだ」
判断を誤った?
あいつに関わらなければ?
言ってくれる。
勝手に俺のことをわかった気で話すんじゃねぇ。
楽しい日々?
あいにくとこちとらつい最近までそれがつまんなくてつまんなくてしょうがなかったんだ。
傷が痛む。だがにやりと笑って見せる。
あいつに会って。
あいつと話して。
あいつと関わったから、今こうして笑っていられる。
何より、わかってねぇのは。
「そんな日々なんて、糞食らえだ」
お前の言う温い未来なんてのは俺には必要ねぇ。
ほとばしる感情を力に、一歩足を出す。
所詮こんな小さな国に閉じこもっていた野郎だ。
全くわかっちゃいねえ。
「いいか、クソ野郎。てめぇにはわからねぇだろうがな」
俺は地面に刺していた剣を引き抜き、
「人生ってのはなぁ」
剣を構える。
「命賭けてっから楽しいんだよ!!」
そして勢いよく自分の身体へと突き刺した。
「がぁぁぁぁぁ!!!!」
血塗れの身体がさらに赤く染まる。
『っ何を、とち狂いおったか!?』
どくどくと流れる血が、全て剣へと吸収されていく。
『剣が、赤く……!?』
手が熱い。
剣が激しく熱を帯び、燃えている。
「ば、ばかなあの傷で……」
膝をついている魔法使い達の驚く気配。
「正真正銘の、とっておきだ」
まるで自分が炎になってしまったかのように熱い。
吐き出す息が龍の息吹のような熱波を放っているのがわかる。
これこそが俺の最後の切り札。
一度、剣の力を解放し、身体能力を向上した自身の血をそれまでに吸収させた血よりも多く。
剣に吸わせることで解放できるこの力。
流れ出た血の分だけ効力は持つが、それはつまりそれだけの深傷を負っているという証明でもある。
故に短期決戦。
命尽きるか相手を倒すかの、二択。
「がぁっ!」
地面を爆発させたような、踏み込みと同時に超加速。
『っ、どこへ!?』
相手の視線が追いつかないほどの速度で駆けぬけ、
「うるぁぁ!」
一閃。
がきんと、硬い感触と共に跳ね返される。
『いつのまにっ!?』
手始めに一撃足首のあたりにお見舞いしたところで。
「もっと早くだっ!」
さらに加速。
『また消えーー』
ステップを刻み、直進だけでなく小刻みに方向転換を加えることで相手の視界から消え去る。
「ふっ」
駆け上り、肩の辺りに振り下ろし。
障壁に弾き返されるも、
ーー喰らえっ!
一閃、一閃、一閃。
合計三度。
そのまま落下し、回転しながら剣を叩きつける。
ーーこれで四回
『急に息を吹き返しおって!』
まとわりつく虫を払うように魔導具兵器が腕を振るう。
「はぁぁ!」
着地と同時に、足首へ一撃。
ーー五回
『このっ』
地面へと着地した俺を見て魔導兵器が足を上げ、踏みつける。
一度離れ、足が地面へと到達する頃に再び足目掛けて突進。
ずんと振動が来る瞬間に、跳躍。
「これで、どうだ!!」
閃めく一閃。
衝撃全てを剣の形に閉じ込めたような一撃。
しかし振り下ろした剣は太ももを斬り裂くことはなーー。
「ーー障壁が!!」
素早く気づいたのは白ローブ。
俺の剣は斬り裂くことはできなかったが、障壁に弾かれることもない。
魔力切れ。
障壁を展開するだけの魔力がついに途切れたのだ。
「思ったよりは、早いな」
あらゆる攻撃を跳ね返す障壁。
そんなもの使えるとしても、それは膨大な魔力が必要だ。
供給がなくなった今の状態の魔導兵器であれば、これくらいの攻撃で障壁を枯らすことができる。
『貴様っ』
「ですが、障壁が切れたって剣じゃあーー」
言いかける白ローブの言葉が途切れる。
「傷がっ!?」
驚きに目を丸くする白ローブ。
今斬りつけた場所は小さくではあるが、確かに切れた跡が残っていた。
そう。
ただの剣だったら障壁がなくても傷すらつけられない。
だが、この剣は普通じゃない。
二段階目の解放を遂げた今のこいつはその斬れ味を段違いに上げた。
発火しているかのような、爛々とした真っ赤な刃はどんなに硬くとも、どんな金属だろうと、その斬撃の跡を残す。
『ふはは! 脅かしおって、この程度で傷だと?』
しかし王はそれがどうしたと変わらず拳を放ってくる。
『何を偉そうに、こんな擦り傷如きで得意げな顔をするなぁ!』
ーーだからわかってねぇってんだよ、お前は
俺は剣を構え、放たれた拳に向かって跳ぶ。
「うぉぉぉぉ!」
互いに接近し合うことで体感速度はこれまでの倍以上、だが。
向かってくる拳へと剣を叩きつけ、剣を振る動作共に身体を回転。
攻撃を受け流しつつ、腕の側面を切り刻む。
飛び込んだ俺は足裏を合わせ、魔導兵器の胸あたりに着地。
「はぁっ!」
そのまま力強く蹴り付ける。
衝撃に仰け反った魔導兵器の足の付け根目掛けて、頭を下に、天地が逆転した状態で
「あぁぁぁ!」
剣を振り抜いた。
再び跳躍。
よろめく魔導兵器の関節を狙い剣を振るう。
腕の関節を。
膝の関節を。
胸部を。
腹部を。
足部を。
斬り裂き、一巡、二巡と繰り返す。
『どこへ』
姿すら捉えさせず、振り下ろされた拳の横を通り過ぎ、腕を斬る。
『いくら攻撃したところで、無駄だ! せいぜい頑張って剣を振るえ! 動けなくなった時がお前の最期だ!』
王が吠える。
だが、
『な、何!?』
魔導兵器の足ががくりとおかしな挙動をとった。
『何が、何が起きた!?』
「よく見てみな」
『っ!』
王が息を飲むのがわかった。
魔導兵器の足はすでに半ば半分以上が切断され、足を上げるたびに切れ目の入った場所が自重に揺れていた。
その状態で足をつけば、切れた部分がくっつくように元の場所に戻るまでわずかな、「間」が生じる。
その「間」が、魔導兵器の挙動をおかしくしていた。
不安定な足はその巨大な身体を支えきれなくなっていく。
『なぜ、こんな、こんなっ!』
「それだけじゃねぇ」
俺は腕を伸ばし、指を指す。
『ば、馬鹿なっ!』
魔導具兵器の腹部。
そこにも足と同じように深い切れ目が入っていた。
擦り傷はいつの間にか切り傷に、そして今、致命傷となりかけていた。
後一太刀。
後一撃でケリがつく。
「止めーー」
がくりと足が止まる。
踏み出そうとした一歩が前に出ない、この既視感。
まさかと思ったが剣の力はまだ続いている。
「ぐっ、がぁぁっ!」
答えは呆れるほどに簡単だった。
単純な身体の限界。
もう意思を拒絶するほどに傷ついた身体は、計り知れない負荷のかかったそれは俺の意思に従わない
ーーあと少し、あと少しだろうが! 動けぇ!
『馬鹿がぁ! 偉そうに偉そうに偉そうに!
たいそうなことをいっておいてそれか。
ふははっ、所詮お前はそこで死ぬ運命なのだ!』
拳が振りかぶられる。
『死ねぇ!!』
動かない。
足が。
足だけがぴくりとも動かない。
「っ!」
来る。
拳が迫ってくる。
死が、目の前にーーーー。
『ーー数えよう、今日は氷柱が降り注ぐ』
ーー身体が弾き飛んだ。
「っ!?」
否、押し出されたのだ。
俺の足裏を押し出すように氷柱が飛び出し、迫っていた拳を躱し、奴の元へと飛ぶ。
この魔法……。
「久しぶりにこたえましたよ、全く」
視線を向ければ、エルが身体をボロボロにしながらも不敵な笑みを浮かべていた。
『万盾んんん!!!!』
凄まじい咆哮をあげる王。
口角が上がるのが自分でもわかる。
「はっ、最高のタイミングだ!」
飛ばされた勢いのまま剣を構えた。
最後の、ありったけを。
ーー熱く
全身の力を溜めて。
ーーもっと熱を込めろ
全てを剣に。
「はぁぁぁぁ!」
ーー一閃
ずるりと、魔導兵器の胴がずれた。
『ば、ばかな、我の、我の魔導兵器が、こんな、こんなぁぁ……!』
真っ二つに分かれた魔導兵器の上半身は、地面へと滑り落ちる。
ーー大きな音と共に地面が揺れ、塵が舞い上がった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます