第156話 認めてもらえませんか

 ミリアが落ち着いたあと、二人はソファに座り直し、さっそく真剣な顔で作戦会議を始めた。


「伯爵様に認めてもらうにはどうしたらいいでしょうか」

「男爵の方はいかがですか?」

「父さんは私が選んだ人なら文句ないと思います」

「リアが選んだ……」


 アルフォンスが手で口元を覆って目をそらした。


 どうしてそこで照れるの。


 好かれているとわかると、アルフォンスの表情の意味もよくわかった。


「うちはスタイン商会に借りがありますから、男爵に言われれば父も断れません」

「どうでしょうか……。結婚ともなるとさすがに突っぱねられる気がします。それに、それだと伯爵様はよくても、周囲に認めてもらったことにはなりませんよね。何かの折に解消されてしまいそうです」

「まずは父を攻略するのが先です。父の協力があれば、ここから先動きやすいでしょう。内々にはリアを婚約者とするのですから」


 アルフォンスは、婚約者、という単語を、喜びをみしめるように言った。


 ダダ漏れすぎる……。


 告白したから、隠すのをやめたのだろうか。


 もしも以前からこの態度だったのなら、気づかなかった自分は鈍感にも程がある。


「まずは伯爵様を、というのには賛成します。ですがやっぱり商会の貸しを使うのは悪手だと思います」

「では、やはり実績を上げるしかありません」

「でも私、今回のことで監査室長補佐を解雇クビになります」

「登用試験を受けて頂くしかありませんね。リアなら合格するでしょう」

「推薦はギルにもらうとして、これまでの実績をプレゼンして……」


 ミリアはぶつぶつと算段を考え始めた。


「あ、でも、王宮の仕事にこだわらなくてもいいですよね? 商会での方が早そう。父さんもそれで一代男爵もらったわけだし」

「それはいけません!」

「商人じゃ伯爵様の説得は難しいですか?」

「そうではありません。商会の仕事をするとなると、フォーレンの本部でということですよね?」

「そうなりますね」

「それだと私がリアに会えなくなります」


 きっぱりと言いきったアルフォンスに、ミリアは絶句した。


「王都とフォーレンはそれほど離れているわけではないですし、全く会えないってわけじゃ……」

「会えない日ができます」


 アルフォンスは憮然ぶぜんとして言った。


 毎日会う気なんだ。


 確かに仕事でほぼ毎日会っていたし、最低限朝は一緒に登城していたけれども。


「ええっと、では、試験を受ける方向で検討します」

「お願いします」


 アルフォンスが真剣な顔でうなずいた。


 こんなキャラだっただろうか。


 ドキドキを通り越して首をひねるしかない。


 その後も、ああでもない、こうでもない、と議論している間、ちょくちょくアルフォンスの好意を感じて、ミリアは戸惑ってしまうのだった。




 一口に実績を上げると言っても、ミリアはマイナスからのスタートなわけで、王宮に入らないことには何も始まらないということで、話を詰めることができないまま、その時は来た。


 執事長キースが、父親たちの会合が終わったことを告げに来たのだ。


 この瞬間、ミリアとアルフォンスは婚約者同士ではなくなった事が確定した。


 だが、再びの婚約を約束した二人が動揺することはない。


「行きましょうか」


 アルフォンスがミリアに手を差し出す。


「はい」


 ミリアは手を乗せた。


 その仕草を、キースがいぶかしげに見ていたが、気にしない。


 キースに先導されて歩いていくと、案内されたのは応接室ではなく、伯爵の執務室だった。


「ここですか?」


 扉の前で、アルフォンスがキースにたずねる。


「はい。スタイン男爵様はお急ぎとのことで、お帰りになりました」

「そうですか」


 てっきり、二人で話すのかと思っていた。


 フィンの賛同をその場で得て追い風にするつもりだったのに、出鼻をくじかれた。


 キースが扉を開け、ミリアはアルフォンスにともなわれて部屋に入った。


 どっしりとした執務机の向こうに伯爵が座っている。


 その隣には、伯爵夫人もいた。


 いつの間に、というつぶやきが聞こえてきたので、アルフォンスも夫人が来ていた事を知らなかったようだ。


 アルフォンスがミリアの手を取っているのを見て、伯爵がわずかに眉を動かした。


 夫人の方は、いつものきつい表情のまま、微動だにしない。


 二人から浴びせられる厳しい視線に、ミリアはひるんで後ずさりそうになったが、アルフォンスが握る手に力を込めたので、その場に留まることができた。


 伯爵が何かを言おうとしたとき、アルフォンスが先制して口を開いた。


「お話の前に、父上と母上にご報告があります」


 アルフォンスは伯爵の応答を待ったが、伯爵は何も言わなかった。


「私とミリア嬢は愛し合っています。先ほど求婚し、承諾を頂きました」


 はっきりと宣言しながら、掲げるように繋ぐ手を持ち上げる。


 四人の間に重々しい沈黙が落ちた。


 伯爵も夫人も、何を馬鹿なことを、と思っているに違いない。


 たった今、ミリアとアルフォンスは婚約を解消した所だと言うのに。

 

 はぁ、と夫人がため息をついた。


 ずっしりと心が重くなる。


 祝福される訳がないと思っていたが、好きな人の両親から、ここまであからさまに拒絶の意を示されると、こたえるものがある。


 伯爵が、すっと息を吸った。


 何を言われるのか、と身構える。


 何を言われても絶対負けない。


 そう思うも、手足の先が冷たくなり、足が震えそうだった。


 伯爵が、口を開く。


「良くやった」


 ……え?


 ミリアは言われたことの意味が分からず、目をばちぱちとさせた。


「どうやってミリア嬢を説得するか考えあぐねていた所だ。よく了承を取り付けた」

「改めて婚約を結ぶことに賛成して下さるということですか?」

「改めても何も、まだ解消もしていない」


 ミリアはアルフォンスと顔を見合わせた。


「両家の同意のもと解消することになっていたはずでは?」

「お前にそのようなことは一言も言った覚えはない」

「確かに……はっきりと聞いてはいませんが……」


 それはミリアの方も同じで、フィンから婚約解消するとは明確に言われてはいなかった。


「ですが、私は婚約破棄を宣言し、カリアードの麦をめぐって勝手をしました。婚約解消が妥当ではないでしょうか」


 我慢できなくなって、ミリアは口を出した。


「今回の件は本当に感謝している。アルフォンス共々よくやってくれた。カリアード家当主として礼を言う」


 伯爵が立ち上がり、ミリアに向かって頭を下げた。


「婚約破棄に対してアルフォンスがしつこく撤回を求めた結果、ミリア嬢がそれを受け入れたことにしてもらいたい。それであれば周囲も納得せざるを得ないだろう」

「カリアード家はそれでいいんですか?」

「いいも何も、こちらは婚約の継続をう立場だ。ミリア嬢さえよければ、是非ぜひともカリアード家に入ってもらいたい」

「それは、いいんですけど……」


 ミリアが困惑して答えると、カリアード伯爵はほっと息をついた。


「ありがとう。半年前、ようやくスタイン男爵を説得できたというのに、今回の騒動で全て水の泡になるところだった」

「半年前? ようやく? 私がお願いをしにいった時には二つ返事でしたが」


 伯爵の発言に、アルフォンスが反応した。


「お前には言っていなかったが、そのさらに半年前から打診はしていたのだ。どう切り出そうか迷っていたときに、偶然街道で行き会ってな。お前もいただろう。そういえば、あのときはミリア嬢も同行していたのだったか」


 一年前?


 って、まさか、冬休みに馬車でアルフォンス様に会った時のやつ!?


 孤児院からヴァンを引き取った時のことを思い出した。


 あのときから婚約の話は進んでいたってこと!?


 父さんはいい商談ができたって喜んでたけど、商談て……商談って……私の婚約の話だったの!?


 ミリアはひたいに指を当てた。


 ちょっと情報量が多すぎてついて行けない。


「前回も今回も最終的に男爵が許したのはアルフォンスの求婚までだったがな。いやぁ、今回もミリア嬢が承諾してくれて良かった良かった」


 言葉は陽気だったが、伯爵の口調はげんとしたままで、陽気さの欠片もなかった。

  

 その時、伯爵夫人がすっと音もなく立ち上がった。


 素早くミリアに歩み寄ると、冷ややかな目でミリアを見た。


 ごくり、とミリアがのどを鳴らす。


 伯爵は婚約継続に賛成の立場でも、夫人は違うのかもしれない。


 大事な息子の婚約者として、ミリアでは相応ふさわしくないと思っているのだ。


 と、夫人が無言で腕を振り上げた。


 殴られる……!


 ミリアはとっさに顔を両腕でかばった


「や~ん! よかったわ~! ミリアちゃん、アルを好きになってくれてありがとう~!」


 え!?


 なぜかミリアは夫人に抱きつかれていた。


「母上、人前でその態度は……」

「なによぅ、いいじゃない。ミリアちゃんはもううちのになるんだから~。ね、ミリアちゃん」


 首を傾げて同意を求めた夫人は、あの厳しい顔つきではなくなっていた


 キッと吊り上がっていたまゆ目尻めじりは下がり、きゅっと引き結ばれていた口は口角が上がっている。


 どちらかと言えば可愛らしいと言える容貌ようぼうに様変わりしていた。


「だ、誰……」


 ミリアは混乱して、ずいぶん失礼な事を呟いてしまう。


「これが母上のなのです。あまりしゃべると素が出てしまうため、貴婦人の顔を保つべく、表向きは無表情を貫いています」


 アルフォンスが額に手を当てて、やれやれ、と首を振った。


「せっかく会いに来てくれたのに、追い返しちゃったりしてごめんなさいね。この人が会っちゃ駄目って~。でもこれからは、一緒にお茶したりしましょうね~。ミリアちゃんみたいな領地経営に詳しいがうちに来てくれて嬉しいわ~。私全然わからないの~。あと、私、隣国の出身で、はくをつけるために侯爵家の養女になったけど、元は男爵の娘だったのよ~。平民の暮らしまではわからないけど、ミリアちゃんと話は合うと思うわ~。それとね、ミリアちゃんと婚約してから、アルが私に優しくなってくれたの。それまでは貴夫人らしくないって怒られてばっかりで~……」


 のんびりとした口調なのに、立て板に水とばかりに話してくる。


「えっと……」

「母上、話はその辺で。リアが困っていますから」

「あら~、ごめんなさい。ミリアちゃんとずっとお話ししたかったから~」


 アルフォンスの制止で、なんとか夫人は止まってくれた。


 一瞬で顔が無表情に戻り、優雅に席に戻って座り直す。


 二重人格なのでは、と思うほどの変わりようだった。


 こほん、とアルフォンスがせき払いをする。


「……とにかく、リアと私の婚約については、継続ということでいいのですね?」

「そうだ」


 伯爵のうなずきを受けて、アルフォンスがミリアに安堵あんどの笑顔を向けた。


 それさえ聞ければ満足だ、という様子だ。


 ミリアも――とりあえずは――ほっとした。


「今日はもう遅い、屋敷に泊まっていきなさい。明日あす、朝食を共にしよう」

「それはいいですね。もう遅いですし、私たちは失礼しても?」

「ああ、話は済んだ。ゆっくり休みなさい」

「ではリア、行きましょう」

「あ、はい」


 アルフォンスにうながされて扉へと向かう。


 扉の前で、ミリアは伯爵夫妻に挨拶あいさつしようと振り返った。


「お休みなさい、伯爵様、夫人」

「もうカリアード家の一員も同然なのだから、私のことは義母ははと呼ぶといいわ」

「そうだな」


 夫人が冷え冷えとした口調で言い、伯爵が同意した。


「……わかりました。お休みなさい、お義父とう様、お義母かあ様」

「お休み」

「お休み、ミリア、アル」

「父上、母上、お休みなさい」

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