番外編

第159話【番外編】侯爵令息の勘違い

 ※Twitterで公開した番外編です。卒業後すぐの頃で、まだ両片想い中です。




 * * * * *


 その日ミリアはアルフォンスに呼ばれて、王宮のサロンの一室を訪れた。緊急の要件だと聞いて、急いで来た。


 なんでサロンなんだろう。


 話があるのなら、監査室かアルフォンスの執務室に呼べばいい。わざわざサロンで会う理由がない。


 不思議に思いながらノックしてサロンに入ると、アルフォンスが足早に向かってきた。ミリアを立ったまま待っていたらしい。


「ああ、リア。わざわざすみません。ですが、助けて頂きたくて」

「何があったんですか?」


 アルフォンスはひどく焦った様子で、ミリアは心配になった。


「時間がありません。こちらに」


 アルフォンスはミリアをソファの方へとうながした。


「誰かいたんですか?」

「いいえ」


 いいえって……いたでしょこれは。


 テーブルには飲みかけのお茶のカップが二つと、食べかけのクッキーが置いてあった。


 証拠は明らかなのに、嘘をつく理由はなんなのだろう。何かやましいことでもあるのだろうか。


「座って下さい」


 疑問を口にする暇もなく、アルフォンスはミリアを上座――扉が見える方のソファに座らせた。


 そして自分も向かいの席ではなく、ミリアの隣に座る。体が触れるほどに近い。


「申し訳ありません。先に謝罪しておきます。ですが、もうリアに頼るしかないのです」

「ですから何が――」

「来た……!」


 アルフォンスが鋭く言うのと同時に、ノックの音も無しに、ガチャリと扉が開いた。


 誰が、と思った瞬間、アルフォンスの両手がミリアの肩をつかんだ。ミリアを優しく背もたれに押しつけて、覆い被さるような体勢をとる。


「すみません」


 アルフォンスは、そう言いながら斜めに傾けた顔を素早く近づけてきた。


「!?」


 ミリアの視界にはアルフォンスの閉じた目だけが映った。


 たっぷり三秒間――。


「アル、フォンス、様……」


 言葉を発したのはミリアではない。アルフォンスの後ろ、今入ってきた人物だった。


 アルフォンスの顔がゆっくりと離れていく。


 そして振り返りながら立ち上がった。


「ああ、失礼。もうお約束の時間でしたか」

「アルフォンス、様……どうして、そんなことを……」


 震える声を出したのは小柄な少年だった。幼く見えるが、ミリアの記憶が確かならば、二人よりも年上だ。


「何か問題でも? 彼女は私の婚約者です」

「だって僕たち、愛し合って……っ」

「ですから、それは勘違いだと言っているでしょう。私が愛しているのはリアだけです」

「そんな、ひどいっ! ううっ」


 その人物は、泣きながら出て行った。バンッと勢いよく扉が閉まった。


「リア、すみません。もうこうするしかなくて」


 アルフォンスはミリアの隣に座り直すと、申し訳なさそうに言った。今度は適切な距離を保っていた。


「な、な、な、な……」


 ミリアは口をぱくぱくとさせた。


 今の何!?


 キスはしていない。寸止めだった。


 だけど、唇が触れそうなほど近かった。もう、本当に、ぎりぎりで。


 向こうからは、キスをしているようにしか見えなかっただろう。


「彼につきまとわれていたのです。何を勘違いをしたのか、私が彼の事を想っていると思い込んでいて、何度否定してもわかってもらえなくて」


 つまりは、その勘違いを正すためにこんなことをした、と。


 理性ではしっかりと理解していたが、ミリアは何も言えないでいた。感情が追いついていかない。


「リア?」


 アルフォンスがミリアの手を取った。


 その感触が、ミリアの硬直を解いた。


「っ!」


 ミリアは手を素早く引き抜いた。


「よよよ用事が終わったのなら、これで失礼しますっ!」


 逃げるようにして、ミリアは部屋を後にした。


 廊下を歩きながら、涙がじわりと浮かんでくる。


 ひぇぇぇっと内心叫びまくる。


 近かった近かった近かった!


 しかも!


 愛してるって言った!!


 演技だとわかっていても、自分に向かって言われた言葉に、心臓は大暴れしている。


 好きな人の声で聞く「愛している」の破壊力はビッグバン級だった。


 火が出そうなくらい顔が熱い。


 監査室には熱を冷ましてから戻ろう、と思った。



 * * * * *



 ミリアに置いて行かれたアルフォンスは、片手で目を覆ってうつむいた。


 またミリアに嫌な思いをさせてしまった。


 でも、どうしようもなかった。


 付き合いのある侯爵家の次男で邪険に扱うこともできず、婚約者ミリアに助けてもらう以外に方法がなかったのだ。


 それにしても――。


 アルフォンスは手を目から口元に移した。


 顔を真っ赤にしたミリアは可愛かった。思わずもう一度顔を近づけてしまそうになるほどに。


 動揺させたのが自分だと思うと、申し訳ないと思いながらも嬉しくなってしまう。


 いつか許してくれる時はくるだろうか。


 口づけをして、ミリアがこたえてくれたなら、心の思うままにミリアをむさぼり尽くしてしまいたい。


 いや――。


 アルフォンスは甘美な妄想を切り捨てようとした。そんな奇跡は起こり得ない。


 だが、どうしてもミリアが欲しいと思ってしまう。


 腕の中にいてくれるだけで満足していたはずなのに。


 アルフォンスは、自分の欲の深さにため息をついた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る