第24話 それストーカーって言うんですよ side ジョセフ
最後の冬の休暇までの間、エドワードがミリアに執着しなくなったことで、ジョセフがミリアに接する時間はぐっと減った。
一度、また二人でどうかと茶会に誘ってみたが、ミリアは決まり文句で断った。断られることに慣れていないジョセフは、それきり誘えていない。
エドワードが初めて誘ったときに
ジョセフができたのは、顔を合わせたときに少し言葉を
ジョセフは
休暇に入ってしまえば、
なんとかならないものかとこっそりミリアを観察するも、一人でいるだけのミリアを見ていてもなんの情報も得られない。聞き耳を立てようにも誰とも会話をしない。
どうしたものかと考えたジョセフは、昼休みと放課後の様子を探ることにした。ミリアの後をつけるのである。
昼休み、ミリアが食事を終える頃を見計らってカフェテリアの近くに行った。昼休みが終わるまでカフェテリアに居続けるわけではないことは知っていた。
ジョセフが廊下を歩けば頻繁に声がかかる。ミリアに気づかれない距離で適当に立ち止まり、にこやかに応対しながらミリアが出てくるのを待った。
ミリアが現れればあとは簡単だ。校舎内は複雑に曲がりくねっているわけではない。警戒していない
道すがら、もしやとは思っていたが、ミリアが入ったのが間違いなく図書室だと確認したとき、ジョセフはその場に立ち尽くした。
ミリアが本好きなのは聞いていたが、こんな
だいたい、図書室は第一王子専用であるというのが暗黙の了解だ。ミリアはそれを知らず、初めて来たとでもいうのだろうか。ちょうどジョセフが後をつけたこの日に。
そんな偶然があるわけがない。
ミリアは
図書室は窓がないか、あってもカーテンが閉め切られているだろう。そんな暗い部屋で二人は何をしているのか。
知りたい気持ちと知りたくない気持ちがせめぎ合った。知れば一歩近づけるかもしれない。だが、世の中には知らない方がいいこともある。
長々と悩んだあげく、ジョセフは図書室の扉を開け、隙間から体を滑り込ませた。
中は真っ暗だったが、奥の方から光が漏れていた。本棚に
目が慣れるまでじっとしていようと息を
内容までは聞き取れないが、二人いるようだった。一人はミリア。もう一人は男の声。状況からして第一王子だ。
やはりミリアは第一王子と知り合いなのだ。
もっと近づけば内容もわかるが、王子との会話を盗み聞きするような不敬は犯せなかった。
出て行くべきか、と思っていたとき、ミリアが第一王子のことを、ギル、と呼ぶのが聞こえてきた。第一王子が、ミリア、と呼ぶ声もした。
瞬間、ぎゅぅぅっと胸が締め付けられるような痛みがした。心臓が
またミリアが、ギル、と呼んだ。甘えた声だった。
ジョセフは
これ以上聞きたくなかった。ミリアが甘えた声で第一王子を愛称で呼ぶのも、第一王子がミリアを呼び捨てるのも。
しばらくして平衡感覚を取り戻し、一刻も早く出て行こうと立ち上がると、声がしなくなっていた。
暗い部屋に二人きりでいるのに会話がない――。
最悪の光景が頭に浮かび、吐きそうになった。
口を押さえてうつむくと、奥の光が大きく揺れた。
光はだんだん近づいてくる。
ランプを持って現れたのは、ギルバートだった。
エドワードよりやや低い
「ギルバート王子殿下」
エドワードの護衛とされているジョセフはギルバートに対しては
だが、ジョセフを見上げた緑の冷ややかな目には、
ジョセフは反射的に
「声を落とせ。……ジョセフ・ユーフェンか。ここで何をしている」
ランプを顔に近づけてジョセフを確認したギルバートは、さらに圧をこめた目でジョセフを見下ろした。
ギルバートとは数え切れないほど会っているが、
「ミリア嬢――ミリア・スタインが入って行くのを見かけて、声を掛けようと」
「その割には長く留まっていたようだが?
ジョセフの首に汗がつたった。
「エドワード殿下の指示ではありません。私の単独行動です。
ギルバートが探るようにジョセフの目をのぞき込んだ。
「……まあいい。聞かれて困るようなことは話していない。知ればミリアは嫌がるだろうが」
ギルバートが、ミリア、と呼び捨てたのを聞いて、ジョセフは瞳を揺らした。
「この件をエドワードに報告するか?」
「聞かれない限りは、何も」
ジョセフにはそう答えるしかなかった。
「報告しても構わん。だがその時は、邪魔はするなと伝えておけ。ここに来るのは彼女の意志だ。彼女の意を曲げるようなことがあれば、エドワードであっても許さない」
「……承知しました」
「お前もここには近づくな。わかったら下がれ」
「承知しました。失礼致します」
ジョセフが図書室を出るまで、ギルバートはジョセフから視線を
逃げるようにその場を去った。図書室からだいぶ離れた場所まで来てから、ジョセフは手頃な空き教室を見つけて入り、閉めた扉に背を預けた。そのままずるずると座り込む。
――勝てない。
ギルバートは怒っていた。ジョセフが図書室に入り込んだせいだ。あのギルバートがあそこまでプレッシャーをかけてくるのだから、相当な怒りだったに違いない。その迫力は、かつて王太子にと強く望まれていただけのことはあった。
そして、二人が恋人同士なのも明らかだった。互いの呼び方、ミリアの甘えた声、ギルバートの怒り、邪魔をするなという言葉。図書室での全てがその事実を示していた。
――勝てる訳がない。
ミリアにすでに恋人がいて、これ以上続けても恋愛ゲームは負けで決まりだ、という意味だけではない。
第一王子は完璧だ。唯一の欠点と言えるのが、病弱で公務に耐えられないということ。しかし今すぐ命に関わる病ではない。王太子としては致命的であっても、王太子でさえなければ大した問題ではなかった。
婚約者はいない。王位継承権を放棄したときに、進んでいた婚約の話は流れた。その後うやむやになったまま誰とも婚約していない。
王族が元平民の男爵令嬢と結婚するのは難しいだろうが、継承権がないのだから不可能ではないだろう。ギルバートなら上手くやるんだろうな、と漠然と思った。
ははっ、と乾いた笑いが漏れる。
立てたひざの上に腕を乗せ、顔を
うめき声が出そうなくらい胸が苦しくて、ジョセフはミリアのことが好きなのだと自覚した。
ミリアを落とすゲームをしていたはずが、逆にジョセフが心を奪われてしまっていた。あれだけ女遊びをしておいて、今の今まで気がつかなかったなんてお笑い草だ。しかも気づいた瞬間には失恋している。
ジョセフが
ジョセフの入り込む隙はまるでなかった。
「あー……」
ジョセフは、顔を上げて後頭部を扉につけた。やけに豪華な天井画が目に入る。
思い返せば、きっかけは、王都で弟といたミリアを見つけたことだろう。あのときのミリアの姿が強烈に心に焼き付いている。
ドレスを贈りたいだなんて、独占欲以外の何物でもないではないか。なぜそのときに気がつかなかったのだ。
これまでそれなりに好きになった子もいたが、ミリアへの気持ちは比べようもなかった。
これが恋なのだとしたら、なんと苦しい感情なのだろう。
今まで遊んできた彼女たちも、こんな気持ちを抱えていたのだろうか。
ぎゅうぎゅうと絞られるような胸の痛み。
自分の物にしたいという強い渇望。
ギルバートはミリアになんと愛を
ミリアはどんな顔でそれに
笑っていてほしいのに、その笑顔が、ふわふわのピンク色の髪が、
もしも相手が下らない男だったなら、何をしてでも奪うのに。
「馬鹿だな……」
物騒な考えが頭に浮かび、両手で目を覆った。
ジョセフは、ミリアへの想いに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます