第19話 要求が多すぎませんか

 ジョセフの突然の告白に、ミリアは狼狽ろうばいした。


 ジョセフがミリアのことが好きだと言ったのか。

 意味がわからない。


「ジョセフ様!? 何を言って……」


 だが、すぐに冷静になる。


 交際というものを貴族はしない。結婚を前提としたお付き合いしかしないのだ。だから交際イコール婚約であり、交際の申し出を受けるということはすなわち婚約者になるということだ。


 その前の段階でお茶会や食事やデートで交流を深める。婚約をするまではただの友人である。


 もちろん、本人たちの希望だけで婚約が成り立つわけではない。結婚は家と家の結びつきだ。家名、爵位、領地がからんでくる。大半は政略結婚であり、親が決める。恋愛結婚だとしても双方の親の許しがなくてはならない。娘さんを下さいで済む話ではない。


 ここでジョセフがあえて交際という言葉を使うのは、ミリアが平民として育ったからなのだろう。肩を組むことといい、ジョセフは平民かぶれなところがある。


 平民間では交際をて婚約、結婚にいたる。婚約の前に交際という段階を踏むことを、ミリアはよく理解している。


 つまり、ジョセフはミリアと婚約する気はないのだ。すでにマリアンヌという正式な婚約者がいるのだから、ミリアとはそれとは別におつきあいをしたい、ということなのだろう。悪く言えば、遊び相手になれと言っているのだ。


 そんなことはできないし、こんな話をミリアに持ちかけてきたことに腹が立った。侮辱ぶじょくされたも同然だ。


 先日のことを謝っておきながらこれだ。あのときミリアが動揺していたのを勘違いしてなのだとしたら、おごり高ぶっている大層な自信家だ。


 誰が遊び相手になどなるものか。

 これだからイケメンは……!


「マリアンヌ様はどうするおつもりですか?」


 一番痛いだろう所を突いた。お前には婚約者がいるのだぞ、と事実を突きつける。


 マリアンヌに了承を得ているわけはない。いくら伯爵令息と男爵令嬢であっても、堂々と浮気宣言をすれば、どちらの家も許さないだろう。


 それはそれ、とマリアンヌに対して不誠実なことを言い出したら蹴飛ばしてやろう。そしてエドワードに泣きついてやる。王太子の威光いこう、大いに利用してやろうではないか。


 これもゲーム補正のなせる技だとしたら、たいしたものだ。しかし今は乗ってやる。


 つかまれている手を逆につかんで引っ張り、その反動で回し蹴りだ。


 ミリアは頭の中で動きをシミュレーションした。


 だが、ジョセフはミリアの予想をはるかに越えていた。


「マリアンヌとの婚約は解消した」


 一瞬、言葉が理解できなくて目をまたたいた。そして、悲鳴のような声を出した。


「嘘でしょう!?」


 そんな馬鹿な。


「本当だ。両家の了承のもと、正式に解消した」


 ジョセフがマリアンヌとの婚約を解消した?


 何がどうなったらそんなことになるのか。

 

「何やってるんですか! なんでそんなことっ!」

「ミリア嬢が好きだからだ。マリアンヌとは婚約を続けられない」

「そんな簡単に! 貴族ですよね!? 好きとか嫌いとかじゃないじゃないですか! それに、マリアンヌ様にひどいと思わないんですか!? 相手が男爵家だからって、そんな横暴許されるわけないでしょう!?」

「わかっている!」

「わかってない!」


 叫んでから、ミリアははっとした。


「ごめんなさい……」

「いや、いいんだ。突然こんなこと言ってごめん。でも俺は、本当にミリア嬢のことが好きなんだ。できることなら結婚を申し込みたい。だけどミリア嬢は急には考えられないだろ? だから、俺という人間をもっと知って欲しい。そのために、ミリア嬢の隣にいる権利をくれないか」


 三度みたび好きだと言われて、ようやくミリアはジョセフが本気なのだと理解した。


 エドワードルートに、ジョセフとマリアンヌが婚約解消するなんてシナリオはなかった。描かれなかったのだろうか。


 ミリアが王妃ハッピーエンドを回避すればシナリオが変わるのだから、他の所でも変わらない保証はない。というか、シナリオが変わる余地がないと、ミリアの目的もたせない。


 だが、ミリアとエドワードをくっつけるために働いている力なのだとすれば、大がかりすぎる。もっと簡単にミリアの心を動かすすべはあるのではないか、と思った。


 たぶん、きっと、恐らく……いや、十中八九、これはゲーム補正などではない。


 知らないうちにミリアは、ジョセフルートにも入ってしまっていたのだ。


 愕然がくぜんとした。


 どこにフラグがあったのか。ジョセフルートを知らないミリアにはわからない。思い当たる節がなくもないが、それだけではここまで進まないだろう。


 自力でプレイしたときは友情ノーマルエンドにしかたどり着かなかったのに。どうしてジョセフのフラグまで立ててしまったのだろう。


 婚約を解消されて、マリアンヌはどう思っているのか。申し訳なさでいっぱいだ。人の人生をぶち壊してしまった。


 これでミリアがジョセフを好きならまだ救いはあるが、それもないのだ。マリアンヌの犠牲は無駄に終わる。ジョセフだって婚約者を失った。卒業後はどうするつもりなのか。


 ゲームのヒロインは、現実になると人間関係を壊して不幸をバラまく存在だった。逆ハーレム逆ハーエンドなんてとんでもない。選ばれなかった攻略対象もその婚約者も、その後の人生があるのだ。友情ノーマルエンドのなんと尊いことか。


 エドワードルートは、卒業パーティの婚約破棄イベントを回避すればいいと思っていた。だがジョセフはすでに引き返せないところまできてしまっている。


 ここからどうしたらいいのだ。どうにかマリアンヌと復縁させることはできないだろうか。


「っ!」

 

 ミリアの葛藤かっとうを知ってか知らずか、ジョセフが突然ミリアの指先に軽く口づけを落とした。


 ミリアは反射的に手を引っ込めた。


 かぁぁぁっと顔に熱が集まってくる。心臓がどきどきと早鐘はやがねを打つ。


 エドワードは平気なのに。

 どうしてジョセフにはこんなに反応してしまうのか。


 好きなわけじゃない。好きになるほど知らない。


 これがイケメン効果なのだろうか。

 いや、エドワードだって見た目はいい。ジョセフの顔がミリアの好みなのか、とも思うが、自覚はない。


 自分自身の不可解な反応と、自分が引き起こした事態に涙が出そうになる。


 顔を赤くし、目をうるませたミリアを見て、ジョセフが立ち上がった。


 ミリアは思わず一歩下がる。


 それを追いかけて一歩前に踏み出したジョセフは、ぐっとこぶしを握りしめて、二歩目を制した。


「ミリア嬢、その……抱き締めても?」


 熱のこもった瞳で見られ、ミリアの心臓が大きくはねた。


「っ、ダメですっ!」


 ぶんぶんと頭を横に振る。

 いいわけがない。


「まだ返事ももらっていないのにごめん。ミリア嬢が、あまりにもかわいくて……」


 足を戻して顔を赤くしたジョセフが、ふいっと視線をそらした。


 かわいいって……!


 貴族令嬢の中にいるミリアは中の下である。自分の顔の造形に劣等感があるわけではないが、事実は事実。恋愛フィルターがその能力をいかんなく発揮しているに違いない。


 ジョセフは視線を元に戻して、ミリアを見下ろした。


「返事をもらいたい。俺の、恋人になってくれないだろうか?」


 真剣な目で見られても、ミリアの答えは一つしかない。


「……ごめんなさい」


 ジョセフは落胆した様子は見せなかった。


 予感はあったのだろう。ミリアからジョセフが好きだというオーラは出ていなかったのだから。ジョセフからも出ていなかったはずだが。


「エドの事が好きなのか?」

「それはありません」


 ミリアが食い気味に否定すると、ジョセフが口元を緩めた。


「なら、他に好きな人がいる?」

「いませんけど……」

「試しに……というのは、ミリア嬢に対して失礼か」

「……そうですね」


 失礼というほどではないが、お試しでつき合うのは嫌だった。どうせ断るのだからそういうことにしておく。


「ミリア嬢は、俺のことを嫌っているわけではないんだよな?」

「まあ」

「なら、俺にもまだチャンスはあるわけだ」

「……」


 諦めてはくれないのか。


 婚約を取りやめたのだ。あっさりと引き下がるわけがないか。


 ミリアの無言を肯定と取ったのか、ジョセフは嬉しそうに笑った。


「ミリア、と呼んでもいいだろうか。俺のことはジェフと呼んでくれると嬉しい」

「だめです。私も呼びません」


 それは許容できない。


「これ以上目立ちたくないんです。私のことが好きなら、そこはわかって下さい。人目を引くようなことはしないで欲しいんです」

「わかった。きもに命じるよ。エドにも言って……いや、やめておくか。ライバルが増える」


 くすくすとジョセフが笑った。


「これからも誘ってもいい?」

「たまになら」

「たまに、ね。エドが何度も断られてるの見てるから、わかってる」


 またジョセフが笑った。


「二人きりの時はミリアと呼んでも?」

「まあ……二人のときだけなら。人前でうっかり言ったりしないで下さいね」

「ミリアもジェフって呼んで欲しい」

「そのとき覚えていれば」

「口調も変えて」

「……要求が多すぎませんか?」

「まずは友達からって言うだろ?」


 ジョセフが手を差し出した。


「私、気持ちにこたえられるかわかりませんよ」

「わからないってだけで十分」


 人懐ひとなつっこい笑みを浮かべて言われ、ミリアは負けた。


「……ああ、もうっ! 友達ですよ?」

「うん」


 ミリアは仕方なくジョセフと握手をわした。


「よろしく、ミリア」

「よろしくね、ジェフ」





「ところで、美味しいケーキを用意したんだ。お茶でもいかがかな、ミリア嬢」

「いただくわ」


 片腕を広げてテーブルを示し、気取ったように言うジョセフにあわせて、ミリアも気取って答えた。


「では、こちらへどうぞ」


 上向きに差し出された手に手を重ねると、ジョセフは優雅にエスコートしてくれた。


 いたずらっ子のような笑いを二人で漏らした。ジョセフの茶目ちゃめのあるところは好きだ。


 ミリアを座らせてから自分も席に座ると、ジョセフはベルを鳴らして使用人を呼び、お茶会の用意を命じた。


 すみやかに現れた使用人は、二人のカップにお茶を入れ、ケーキが乗った皿をテーブルの中央に置くと、今度は部屋を出ずに、ドアの近くで控えた。


「どれが食べたい? 好きなだけ食べていい」


 トングと小皿を持ったジョセフがにこりと笑った。


 皿の上にはケーキが十個並んでいた。種類が全部違う。どれも一口か二口で食べられそうな大きさだ。


 ミリアはたくさんの種類を少しずつ食べたいタイプだった。ジョセフはそれをよくわかっているのだ。


 ミリアが手始めに三つ選んでジョセフに伝えると、小皿に乗せて渡してくれた。


「気に入ったのがあれば、次回はそれを用意する」


 幸せ~、とほほを緩めるミリアを見て、ジョセフは満足そうに紅茶を一口飲んだ。

 



 部屋に戻ったミリアは、行儀悪くそのままベッドに仰向あおむけに倒れ込んだ。


 ジョセフの話に涙が出るほど笑い転げて、思ったよりも長く過ごしてしまった。


 砕けた口調で話し始めれば、何年も前から友人だったかのように錯覚するほど楽しかった。


 ふぅ、と息を吐いて、意味もなく天井に向かって手を伸ばす。


 いっそのことジョセフを好きになってしまえばいいのかもしれない。結婚しても、伯爵夫人か、ジョセフが爵位を継がなければ騎士の妻だ。王太子妃や王妃よりずっといい。


 ……そういうのはよくない。


 同情や消極的な理由でつき合うと上手くいかないことは、経験から知っていた。


 顔を横に向ければ、テーブルに飾ってあるブーケが見えた。エドワードが今日も贈ってきてくれた物だ。


 エドワードとジョセフ。

 ローズとマリアンヌ。


 どうしたらいいんだろう。

 自分は、どうしたいんだろう。

 

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