第9話 現状維持じゃだめですか
次の日、なんとか二人きりになれないかと、朝からローズの近くをうろちょろしていた。
しかしそばにはいつもリリエントとマリアンヌがいる。ローズとは普段から会話もしない仲なのだから、そう簡単に二人になれるわけはなかった。
せめて話がしたいと言えないものかと思うのだが、他の令嬢達がローズを守るように壁を作る。ただの被害妄想だろうか。
まごまごしているうちに昼休みになってしまった。
まだ半日なのだから
すると早くも絶好のチャンスが訪れた。リリエントとマリアンヌが二人で離れ、ローズが一人きりになったのだ。近くに他の人もいない。
「ロ――」
呼び止めようと手を伸ばして口を開いたミリアは、ぴたりと動きを止めた。
話ができたとして、一体何と言えばいいのだろう。転生者ですかなんて聞けない。
ミリアは伸ばした手を引っ込めた。
何言ってんだこいつ、と変人扱いされるならまだいい。最悪なのは、転生者かつ婚約破棄を望んでいる場合だ。ミリアの敵に回る可能性がある。
ゲームのシナリオ通りに進むと思って静かにしているのなら、婚約破棄が回避されるかもしれないと気づいた途端、積極的に外堀を埋めてくるだろう。ローズに背中を押されてしまったら、エドワードを止めるものがなくなる。
どう探りを入れるか考えなければなければならない。
ミリアはローズを追いかけるのをやめ、すごすごと引き下がった。
しょんぼりとしてカフェテリアに向かう。
頭に栄養を与えて知恵を絞らなくてはならない。おいしい物を食べれば元気も出るだろう。
今日のランチセットも美味しそうだった。
テーブルの下で手を合わせて「いただきます」と口の中でつぶやき、ナイフとフォークを持って肉の塊に挑みかかった――
――ら、隣の椅子が引かれた。
「それは何の儀式なのだ?」
いつもやっているだろう、と座ったのは、エドワードである。
「殿下……」
よっしゃ食べるぞ、と意気込んでいたミリアは、勢いを止められて冷たい声を出してしまう。
「これからはここに来ると言っただろう? 時間が合えば一緒に食べると言ってくれたではないか」
行儀悪く椅子に横座りしたエドワードは、ミリアの不機嫌さに気づいたのか、弁解するように言った。
言いました。時間が合えば、と確かに言いました。
社交辞令という言葉を知らないのか。王族に向けた言葉なんて、社交辞令を取り除いたら絞りかすしか残らないだろう。
いや、言葉通りに受け取るのはわかっているのだ。恋する乙女――王太子は無敵なのだから。
「そうですね」
他の生徒と仲良くなりたいのではなかったのですか、という言葉はため息と共に飲み込み、仕方なくナイフとフォークを置いた。
ミリアの正面にはジョセフが座ったが、アルフォンスはいない。
四六時中いるわけでもないのだから、と思い直すと、エドワードの頭越しにアルフォンスが見えた。料理を頼んでいたようで、ちょうどお辞儀をした給仕を置いて向かってくる。
と、そこへ、第三者の声がかかった。
「わたくし達もご一緒してよろしいでしょうか?」
話しかけてきたのは、ローズ・ハロルド。エドワードに許可を求めている。その横にはリリエントとマリアンヌがいた。
六人掛けのテーブルに着いているのは、ミリア、エドワード、ジョセフ。空席は三席あるが、アルフォンスが同席するなら残りは二席だ。
アルフォンスはもうすぐそばまで来ている。
「ローズ……」
エドワードが一瞬ためらったのを感じて、ミリアはがたりと立ち上がった。
「私、別のテーブルに行きますね! みなさん、ごゆっくりしてください」
「あら、ごめんなさい。わたくしったら、お邪魔してしまったかしら」
「待っ――」
エドワードの制止を無視してその場を逃げだした。
後ろで「ご一緒してよろしいですわよね?」と有無を言わさぬ声がした。
危なかった。
あそこでエドワードがミリアを選んだら面倒くさいことになっていた。
午後、ミリアの耳に聞こえてきたのは、六人が食事をしていたところへミリアが同席を申し出て、エドワードにすげなく拒否されたという話だった。
常時個室を使っているローズがわざわざカフェテリアに来てミリア達に割り込んでくるのは、愛人を
が、そういう醜聞にならないどころか、ミリアが道化にされていた。
「これで婚約破棄の可能性が下がるなら、ピエロになるくらい何てことない」
ミリアは一人強がりをこぼした。
カフェテリアは危険地帯だと学んだミリアは、翌日から昼食を別の場所でとることにした。
エドワードのあの調子だと、毎日同席しようとしかねない。そうでなくても、ただでさえ人の目が多いところだ。近づかないに
朝、講義が始まる前に注文しておけば、ランチボックスを作ってもらえる。
昼に受け取ったかごの中身は、サンドイッチとビン入りの紅茶だ。
温かいお茶ではないのが残念だが、
食器が紙でないのもあって、メニューの割に重い。荷運びで鍛えられているミリアは余裕だが、これも令嬢自ら持つものではないんだろうな、と苦笑する。
念のためショールを
今日も晴れていて日差しが気持ちいい。意気揚々と庭園へとくり出す。
雨が降るとカフェテリアに行くしかないから、これからずっと晴れていてほしい。てるてる坊主を作るべきか。
庭園はいくつかある。バラで囲まれた庭園、噴水のある庭園、木々の中にある庭園などだ。
ミリアは図書館に行く途中にある庭園を目指した。
だだっ広い
放課後はお茶をしている生徒がいるのだが、冬だからなのか今の時間はどこの庭園も閑散としている。目当ての庭園には誰もいなかった。
木の下に設置してあるのは丸いテーブルだ。金属製で白く塗ってある。椅子は四脚。
テーブルの上にかごを置き、幹に一番近い椅子に座った。
さわさわと風が吹いてテーブルの上に落ちた影が揺れる。
背もたれに身を任せ、軽く目を閉じて鼻から大きく息を吸った。
草と土の匂い。それとほのかな花の香り。
上を向き木の葉の隙間から見える青空を見て、外で食べるのもいいな、と思った。
数日続いた晴れの日を、ミリアは穏やかに過ごした。
自然の中でのんびりサンドイッチを食べ、ゆっくりと紅茶を飲む。そのまま眠ってしまう前に図書室へ行って昼寝をする。ギルバートがいない日は時間を気にしてほとんど寝られず、眠い目をこすりながら講義を受けた。
休み時間はさり気なく
自然、エドワードとの噂も沈静化していった。
こんな日がずっと続けばいいのに、とミリアは願った。好感度を下げる方法もローズを探る方法も思いついておらず、問題は何も解決していないのだが、現状を維持していれば決定打には至らないと思い始めた。
守りに入っていたのがよくなかったのだろう。
その日ミリアは痛いしっぺ返しを食らうことになる。
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