11月11日のおかしな魔法

ちょこっと

11月11日のおかしな魔法

 ここはおかしな魔法の国。


 人々はみな当たり前に魔法が使えて、幼い頃から魔術学院へ通う。


 そう、私もその一人。


 魔術学院の寮生、メリー・チョコール、16歳。


 ふわふわの茶色の髪におっきな丸眼鏡が特徴的な、平凡な女子学生だった。


 つい、先ほどまではーー






「メリー、薬草学の授業は俺とペアにならないか?

 確か、次の課題は変化のポーション作成だったと思うが、少し覚えがある。どうだ?」


 黒いサラサラの髪とスラっとした長身の、クラスメイトである彼。

 彼が座ると食堂の古い木のイスが優雅なアンティーク家具のようだ。


 そんな彼、エルザークは切れ長の瞳を幸せそうに細めて、私に囁く。

 ランチをしている私のすぐ隣に座り、まるで恋人のような距離だ。


「お気持ちは嬉しいのですがーー「エル!抜け駆けは無しだよ」」


 やんわりとお断りしようとした私の言葉を遮って、エルザークの兄貴分、フィリッツがメリーを挟んで反対の隣へ座る。


 茶色の混じった淡い金髪に人の良さそうなたれ目をしているが、優し気な瞳も今は若干つりあがっていた。

 黒を基調とした服装を好むエルザークに対して、フィリッツは明るい色や優しい色を好んだ。

 兄弟分なのに対照的である。


「メリー嬢、僕は同じ授業は受けられないが、課題で分からない事があったらなんでも相談に乗るよ。

 そうだ、放課後に飛行術で一緒に森へ行かないか?

 上級生の間でもあまり知られていない、希少な薬草が生えている所へ案内するよ」


「フィル、先に彼女と話していたのは俺なんだ。

 出直してくれ」


 冷たいエルザークの眼差しにも、春風のような穏やかな微笑みで受け流しているフィリッツ。

 しかし、よく見るとフィリッツの瞳はあまり笑っていない。


 優しく面倒見の良い親しみ易い先輩、といった評価が一般的なフィリッツだが、その実中身はなかなかに塩気もあるのだ。


 一方、弟分のエルザークは、小さい頃は少しぽっちゃりで目立たない生徒だった。

 それが、成長と共にグングン背が伸びてスマートに育ち、今では細マッチョ気味で女生徒の人気が爆上げなのである。


 そんな二人がメリーを取り合って言い争っている状況は、食堂でも目を引く。


「もう!御二方とも!このポーションの効果は今日だけなんですよね!?

 次からは、絶対、絶対に、誰も巻き込まないようになさってくださいね!」


 いい加減耐えかねたメリーが涙目で立ち上がると、食べかけのスコーンを残して食堂をパタパタと出ていく。


「……しまった俺とした事が」


「メリー嬢!すまない、待ってくれ」


 慌てて立ち上がり追いかける二人組。

 彼らを見送る食堂の人々の視線は生暖かった。


 そもそも、エルザーク・ポッキィとフィリッツ・グリコールは仲の良い従兄弟である。


 彼らは、幼い頃に魔女の森へ探検しに行って、まじないをかけられてしまったのだ。


 そう、11月11日になると、その日だけは一日老若男女問わずに愛を囁きたくなってしまう。と、周囲には思われている。


 悩まされる事数年。

 子どもの頃は可愛らしいで済んだ話も、思春期になってくるとそうはいかない。


 そこで、悩んだ二人は熱心にポーションの勉強をして、二人にかけられたまじない専用の解呪のポーションを作った。

 ……はずだった。


 11月11日の授業前の朝。

 邪魔の入らぬよう締め切った空き教室で、ポーションを精製する二人の姿があった。


 完成し、いざ飲んでみるとポーションを飲んだ途端に猛烈なめまいと喉の渇きを覚えて焦る二人。

 水を求めて部屋を出た所で、廊下を歩いていたメリーとぶつかってしまったのだ。


 眩暈が納まってきた二人の初めて見た相手、メリー・チョコール。


 二人はその瞬間から、メリーだけに愛を囁きたくなってしまったのである。





 食堂を後にしたメリーは足早に薬草学の先生の所へと急いだ。


 全く、とんでもない事に巻き込んでくれたものである。

 いつもの、早朝自主勉強をすべく教室へと急いでいたら、いつもなら誰もいないはずなのにアノ二人組が突然出てきたのだ。


 女子学生に密かな人気を誇るアノ二人組に愛を囁かれるだなんて、他の女子生徒からの視線が痛い。

 事情は二人組が説明してはくれていたが、それにしても、である。


 ぱたぱたと駆け足で急ぐメリーが薬草学の先生の部屋に到着した時、後ろから優しい手つきで引き留められた。


「えっ!?」


 驚いてされるがままに、壁に追い詰められる。


 見上げると、黒と金茶の麗人が2人。メリーを見下ろしていた。


「なぁ、メリー嬢。

 俺達にかけられたまじないは、別に誰彼愛を囁くという事ではない。

 普段、感謝や好意を抱いてい居る相手へ素直に気持ちを伝えたくなるものなんだ」


 エルザークが熱のこもった眼差しで語りながら、メリーの右の壁へ手をつく。


「そう、もっとも、感謝を何倍にもして伝えたくなってしまうから、やはり困りものではあるんだけれどね。

 友愛もそれ以上の強い想いへと変化させられてしまう。

 芽生えたばかりの恋心が、激しい熱情へとかきたてられるんだ」


 フィリッツが熱く囁きながら、メリーの左の壁へと手をついた。


 麗人二人に追い込まれたメリーは、冷や汗がこめかみを流れるのを感じながら頬を引きつらせる。


 そんなメリーへ、それぞれ異なる微笑を浮かべた二人が迫る。


「俺達の作ったポーションは未完成だったようだけど、完全な失敗でもなかったようでな?」


「そう、僕達が好意を持った相手へ思いのたけを情熱的に伝えたいのは変わらない。

 ただ、それが今一番好意を持っている相手一人に限定されたみたいだね」


 肉食獣に追い詰められた草食動物の如く、固まるメリー。

 大きな眼鏡がずり落ちて、綺麗な深紅の瞳が野暮ったい前髪から除く。


「「それで?

 君はどちらを選ぶんだい?」」

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