第47話
彼女の胸中に加害者意識があるかどうかの議論はさておき。とりあえずこの状況を打開する為には、香花との対話を重ねていくしかない。あまり期待は薄くもあるが、俺は彼女に向けて返答する事にした。
「眠れたかどうかで聞かれれば……まぁ、眠れたなんだが……」
「そっか。じゃあ、良かったね♪」
「えっ」
「私ね、まーくんちゃんと眠れてるか心配だったんだ。それを聞けて安心したよ♪」
「そ、そうか……」
……あの、香花さん? 良かったねって……全然良くは無いんだけど……。確かに眠れたはしたけれども、お陰様で気分としては最悪な感じなんだが。
多分、今の状況以上に最悪な寝起きとか無いと思うぞ。……ただ、俺の知っている知識の範囲内でしか分からない事だから、世の中にはもっと悲惨な寝起きがあるのかもしれないが……。
……いや、今はそんな知らない誰かの出来事はどうだっていいんだ。現在進行形で起こっているこのリアルな現実の事を最優先に考えなければ。
「と、ところで……あのさぁ……」
「うん? どうかしたのかな?」
「一応、確認しておきたいんだが……これをやったのって、香花で合ってるんだよな……?」
俺は頭を起こし、俺を縛っている紐か縄状の何かに目線で示して香花に向けてそう聞いた。
本当は分かりやすく指で指し示したいところなのだが、縛られていてそれは不可能なので、そういった対応を取るしかなかった。
「あっ、そうだよ。昨日にね、まーくんがぐっすりと眠ってから縛らせて貰ったんだよ」
そして香花はあっさりと自分がやったと認めてきた。まぁ、そもそも彼女以外にそれをする様な可能性のある人物はいないのだから、認めるも何も無いのだけど。
「今回はね、前の時よりもしっかりと縛ってみたんだ♪ ほら、全く動けないでしょ」
香花は嬉々としてそう言っているけれども、俺にはその心境はまるで分かったものじゃない。
「……確かに、そうだけど」
前回に拘束された際には後ろ手に縛られたぐらいだったから、今回のと比べれば十分に悪意が増していると思う。
だって、手首を縛られるのと全身を隈なく縛られているんだから。大違いだぞ。……という事は、前回のあれって香花からすればまだ配慮された方だったというのだろうか。
「ここまでしっかりと縛るのって大変だったんだからね」
「そりゃ、ここまでの規模になるとな……ある意味凄いというか……」
「お陰で結構な時間が掛かっちゃったけど、何とかなって良かったよ」
「……けど、そんな事されてても良く起きなかったな、俺。普通だったら途中で起きていてもおかしくは無いと思うが……」
「あぁ、それは起きれる訳が無いよ。絶対にね」
「えっ」
「だって……寝る前に睡眠薬を飲んでるんだよ、まーくん」
「……は?」
ちょっと待って。睡眠薬だって……? 前の監禁未遂の際にも飲まされていたけれども、今回もまた飲まされたとでもいうのか。
けど、それんが本当にそうだったとすれば、俺が途中で起きなかった理由は納得が出来る。だって薬で強制的に眠らされてるんだから、起きれる訳がないじゃないか。
……しかし一体、いつ飲まされたというんだ……? 前回はスープの中に仕込まれていたけど……昨日の夜、家に帰ってきてからは睡眠薬の入っていそうなものを彼女に飲まされたという記憶は無いんだが……。
そもそもの話……怪しいと思ったから彼女から渡されそうになったドリンクなんかは飲んでいない訳だし、該当しそうなものなんて無かったはず……。
「……もしかして」
いや、一つだけ思い当たるものがある。香花から直接的に渡されたものじゃないけれど、俺が帰ってきてから口にしたものと言えば、その一つしかなかった。
「冷蔵庫の麦茶の中に、睡眠薬が……?」
「うん、正解♪ きっと寝る前に飲むと思ったから、溶かして混ぜ込んでいたんだよ」
「やっぱりか……」
思った通り、昨日に飲んだ麦茶の中に睡眠薬が盛られていたのだ。そうとは気づかずに俺は三杯も飲んでいたというのか……。
「いや、全然気が付かなかったんだが……」
「変に気が付かれたら失敗するからね。だから、無味無臭のを選んだんだよ」
「……そんな気配りはしなくていいから」
彼女からの返答に思わずため息が出そうになったが、それはどうにか堪えた。俺にはそんな事に時間を割いている訳にはいかないのだから。
もう少し掘り下げて聞いてもいいのだが、時間も惜しいので俺はさっさと本題について尋ねる事にする。
「それで……今回は何でこんな事をしたんだ?」
「あっ……えっと、それは……」
理由について香花に聞くと、彼女にしては珍しく言い淀んでおり、返答に困っていた。さっきまでは嬉々としていたのに、急に態度が変わっている。
こんな好機、見逃す訳にはいかないだろう。俺はそれを活かす為にも、更に追及していこうと畳み掛けていく。
「そもそも……前回で約束したんじゃなかったか? もうこんな監禁みたいな事はしないって。あれは嘘だったのか……?」
「う、嘘なんかじゃないよ。私はね、まーくんとの約束は絶対に守るから。破ったりなんかしないよ」
「じゃあ、何で俺はこうして縛られているんだ? これって監禁してるのと違わないと思うけれども?」
おぉ、何だろう。自分でも信じられないくらいにつらつらと言葉が続いていく。実に不思議な感覚である。
いつもだったらこっちの方が言い淀んだり、言い訳をしたりして不利になっているというのに……やっぱり一度は経験しているから、それが役立っているというのか……? ……いや、全然嬉しくないが。
「ち、違うよ。監禁するつもりも無いんだよ。ちゃんと後で……時が来たら解いてあげるつもりなんだから」
「……その言葉を信じるにしても、理由を話してくれなければ俺も納得は出来ないんだが」
「……」
「だから、教えてくれ。こんな事をした理由を。そうすれば理由次第では俺も納得が出来ると思うから」
「……うん、分かったよ」
そしてようやく観念してくれたのか、香花は俺に理由を話してくれる気になったみたいだ。
さて、今回はどんな理由でこんな事を仕出かしたというのか。前回は俺が悪いとの事だったけれども、今回も果たして俺が悪かったとでもいうのか。
多分だけれども、浮気騒動のごたごたが発展してしまってこうなっていると思われる。それ以外に彼女と揉めた原因は無い訳なんだし……。
けれども、香花の口から直接聞かなくては、はっきりとした答えは分からない。俺がまた気づかない事で起こしてしまったのかもしれないしな。
だからこそ、彼女の本音の言葉で聞かなくては。それで前回は失敗した理由だったし、俺の足りていない部分でもあるのだから。
「じゃあ……言うね?」
「あぁ……」
「えっと……」
そして香花は決意を固め、俺にへと向けてこう言ってきたのだった。
「まーくんの事を守る為にね、やったんだよ?」
「……ごめん、意味が分からない」
俺は素で彼女にそう返していた。こればっかりはどうしても意味が分からなかったからだ。俺の理解力ではそれがどう繋がり、現状のこの結果に落ち着いたかが全くといって噛み合わないのだ。
一体、香花は何から俺を守るというのか。俺にでも分かる様な説明をしてくれないと、まるで理由が分からないんだが……。
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