番外編

番外編1 彼女の為の部屋づくり 前編

 



 香花に告白され、彼女との付き合いと同棲が同時に始まった、あの嘘みたいな日から数日後。



「よしっ! それじゃあ、今日は頑張って片付けしていこうね♪」



「そ、そうだな。頑張ろう、うん」



 俺がこの物件に暮らす様になってから数年間。これまで物置としてこれまで使っていた部屋の中央。



 そこで香花が気合の入った声を高々と発し、その声に俺も彼女並みの気合は籠らないが、追随してそう言った。



 今日は日曜日であり、会社も休みで俺の予定は完全にフリーであった。



 先週までの俺であれば、この日1日をどう過ごそうかと、何となくの予定を立てていただろう。



 けれども、今週は先週と状況が大きく変わってしまっている。目の前にいる彼女、香花とのお付き合いが始まっている。



 そしてその彼女が昨夜、こう言ってきたのだ。『明日は一緒に、お部屋の片付けをしようね』と。それが実行された結果、現在の状況に至るのであった。



 ぶっちゃけてしまうと、こんな休日に片付けをするやる気なんて、俺には大してありはしない。



 せっかく日々俺を追い立て、山の様に次々と積み重なっていく仕事から解放されているのだから、出来る事ならのんびりと1日を過ごし、片付けなんて放置してしまいたいぐらいだ。



 しかし、そういう訳にもいかない。そうする事は出来ない理由がある。



 現在、俺達の周りには段ボールの山や、古くなって使っていない服の入った衣装箱。



 それ以外にもシーズン外で必要じゃない家電や、自室に収まりきらなくなった書物等も置かれている。 



 あまり片付いているという状況では無いが、俺が一人で暮らす分には、それでも良かった。今まで問題はなかった。



 だが、これから先は倉庫として活用はしていけない。この部屋は彼女が暮らす部屋として、割り当てられるからだ。



 現状としては生活できる部屋が一つしかない関係で、彼女は俺の部屋で寝起きをしていて、その状況に香花は概ね満足はしている。



 だが、俺の方はそうではない。彼女は俺と同じベッドで寝ようとする上に、大概はお互いの身体を隙間なく、ぴったりと密着させてくるのだ。



 まるでコアラがユーカリの木にしがみつく様に、彼女も俺の身体に手を回して抱き着いてくる。腋の下から腕を通し、俺の胸の前でギュッと抱き締めるのだ。



 そんな状況が数日も続けば、俺も気が気でなくなる。今は抑えていられるが、今後も続くようであれば色々と危なくなってくる。主に理性と下半身的な感じの意味合いで。



 だからこそ、一刻も早く、この窮地から脱したかった。その為にはこの部屋を片付けて、ここで彼女が住める様にするしかない。



 気が進まない作業ではあるけれども、何とか奮起して頑張ってみよう。これも全ては、俺の安全と安眠の為なのだから。



「片付けは早めに終わらせて、その後は買い物に行こうね。今日中には必要最低限の物を、絶対に用意しておきたいし」



「それだったら―――昼までには終わらせないと、今日中に終わらせるのは無理だな。組み立てる物とかは、時間が掛かる訳だしな」



 そうでなくても、俺は手先が器用な方ではないので、余計に時間が掛かるだろう。



 小さなものであれば大丈夫かもしれないが、大型のものだと苦戦するのは必須だと思われる。



 出来ればもう既に組み上がっているものがあればいいが、どうだろうか。



「えっと、でも……どこに買いに行くのが一番いいのかな。まーくんは知ってる?」



「そうだな。家具とかなら……郊外のショッピングモールがいいと思う。俺もここに引っ越してきた時は、そこで買ったからな」



「じゃあ、そこにしよっ。それとついでにだけど、ご飯も食べて行こうよ。せっかく外出するんだからさ」



 なるほど、飯か。片付けをして、買い物もすれば大分は疲れるだろうし、それで済ませられるのなら準備しなくてもいいので、悪くない話である。



「別にいいけど……ただ、日曜日だから多分、混んでると思うけど。大丈夫か?」



「私は別に、大丈夫だよ。まーくんと一緒なら、何分でも、何十分でも、何時間でも待てるから」



 いや、飯を食べる為に何時間も待たされるのは、俺からすると苦行にしかならないのだが。



 まぁ、でも。その時になってみないと混雑状況なんて分からないものだし、ここでそれを案じても何にもならないだろう。



 とりあえずは外出し、買い物を済ませたらそこで飯を食べていく。そんな予定でいこう。



「そ、それなら……いいか。なら、そうしよう」



「うん♪」



 この先の予定も決まったところで、俺と香花はようやく片付けの作業に取り掛かっていく事にする。



 俺はまず最初に、衣服の仕分けからしていく事にしよう。これに関しては俺が着る物なので、香花の判断ではどうにもできない。



 ただ、ここに置いてある時点でほとんど着ていない物が大半なので、仕分け事態は楽な作業といえるだろう。



 いるいらないをきっちりと分け、いらない物は捨てていく。たったそれだけだ。余計な力も必要ではない。



 ここはぱっぱと片付けてしまい、次の作業に入っていこう。時間もあまりないので、取り掛かりは素早く行っていく。



 そして香花にはその間、本を紙紐で縛って貰い、何冊かを一つに纏める様に指示してはある。



 これも判断が難しい作業ではあるが、これに関しては予め捨てる物は仕分けを済ませておいてある。



 ……それに、彼女に判断を委ねてしまっては、予想外の物まで捨てられてしまう可能性もある。野放しにするには、あまりにも危険過ぎる。



 なので、彼女にはそれをひたすらと縛っていって貰う。これも難しい作業ではない。これなら手放しで任せておけるだろう。



 そんな安心感を感じつつ、俺は自分の作業を進めていく。衣服なので割とかさばる事もあってか、捨てる為に用意した袋が直ぐに満杯となった。



 満杯となった袋は口をしっかりと結んで開かない様にして、一旦は部屋の隅にへと置いておく。



 それが終われば、また同じ事の繰り返しだ。再び俺は袋にへといらない衣服を詰めていき、それがまた満杯になれば口を結ぶ。



 2袋目を結び終えると、俺はそれを1袋目の横にへと置こうと―――。



「……え?」



 ……置こうとしたが、俺は手を止めてしまった。置こうとしたその先、最初に置いた袋がある場所で、異様な光景を目にしたからだ。



「えっと、あの……何を、してるの……?」



 俺の視線の先。そこでは香花が結んだはずの袋の口を解き、中身をがさごそと漁っていたのだった。



「何を―――って、仕分けだけど?」



「いや、それはもう俺が仕分けをしたんだが……」



「私のチェックが終わってないから、まだ終わってないよ」



「えぇ……」



 それでは作業を分担している意味があるのだろうか。俺がそんな事を考えていると、彼女が袋の中から捨てるはずの衣服を一つ取り出した。



 一体、何をするつもりなのか。俺が黙ってその行動を見守っていると、彼女は取り出した俺の衣服に、なんと自分の鼻の先にへとあてがったのだ。



「……すぅー……すぅー」



 衣服を鼻の先に当てつつ、彼女は鼻で呼吸をする。もしかしてこれは、俺の匂いを嗅いでいるとでもいうのだろうか。



 何で唐突に、そんな事をし始めてしまったのか。彼女の足元には、作業途中の本の山が積み重なっていた。中途半端に作業を止めたせいか、変に紐が纏わりついている。



 さっきまでは意気揚々と片付けを頑張ると言っていたのに、それが今ではこれである。最初の意気込みはどこに行ってしまったのか。



 それを追及するか俺が迷っていると、彼女はあてがっていた衣服を鼻から離し、それをまた袋の中にへと戻した。



 そして戻した袋を、俺が置いた場所から離れた場所にへと置く。それを終えると彼女は再び作業に取り掛かっていった。



 えっ、いや、それで彼女はどうしようと考えているのだろうか。彼女の考えている事や行動が、俺には全く分からなかった。



「あの、それ……捨てるのなんだけど……」



「えっ、捨てないよ」



 俺が恐る恐るで訪ねると、彼女はそう返してきたのだ。即答に近く、きっぱりとした口調でだ。



「え、でも……それを、どうするつもりなんだ……?」



「もったいないから、私が着るの♪」



「着る……? えっと、サイズ的に香花には合わないんじゃ……」



「多少はぶかぶかでも、平気だよ。それに、部屋着で使うだけだからさ」



「部屋着って……俺の服を着なくても、自分の服がある―――」



「あっ、それもチェックは終わったの?」



 俺が最後まで言い切る前に、食い気味に彼女はそう言った。彼女が見つめる目線の先には、俺が手にしている2袋目の衣服の詰まった袋がある。



「じゃあ、私もチェックするから、貸してね」



 そして彼女は俺の手から袋を貸してといいつつ強奪し、先程と同じ様に中身を取り出して匂いを嗅いでいく。



 いやいや、そんな事をしている時間は無いというのに。早くに終わらせて買い物に行くという予定はどうなってしまったのか。



 しかし、それを彼女に言う事は俺には出来ない。先日の脅迫された事がまだ尾を引いていて、彼女の行動を咎める事に躊躇してしまう。



「……うーん。これは、いいかな」



 香花はそう言うと袋の口を閉じて、1袋目があった場所にそれを置いた。俺が捨てるつもりで置いていた場所なので、それはいらないという事なのだろうか。



「え、えっと……これはいらない、という事でいいのか?」



「うん。だって……あまりまーくんの匂いがしないし。それって着なくなってから大分経ってるよね」



「……そうだったかな」



 彼女に言われて気になり、俺は外側から中身を確認していく。



 すると彼女が言った通りに、中には着なくなってから数年以上経つものがほとんどだった。



 そして彼女が部屋着として使うといったものはここ1、2年で買って着ていたものだ。年数で言えば前者と後者では差が大きくある。



 彼女がキープするかしないかの基準は、そういった部分にあるのだろうか。いや、でもそれ以外にもあるかもしれないが、俺には全く理解出きそうには思えない。



 しかし……このままでいくと、とことん効率が悪くなる。何で衣服を捨てるのに、二重チェックが必要になってしまってるのか。そんな検閲はいらないというのに。



 ……もう、こうなっては仕方が無い。作業を早く終わらせる為には、こうするしかないだろう。



「その、香花……」



「ん? どうしたの?」



「俺が本を縛るから……香花は服の片付けをお願いしてもいいか?」



「いいけど……まーくんが仕分けをしてからの方が、良くない?」



「まぁ、そうかもしれないけど……香花が選ぶのなら、間違いはないと思うから。だから、任せてもいいか?」



「……うん、分かったよ。まーくんがそう言うのなら、代わってあげるね♪」



 彼女はそう言うと、俺が選別する為に広げた衣服を次々と手にしていき、仕分けを行っていく。



 さっきの様に一度は片付けた袋を開封し、それからの仕分けはしていないので、仕事の能率は大きく違う。



 そしてなりよりも、彼女に振り分けていた仕事が止まったままではないので、断然とこちらの方が早くなる。



 これで作業効率は早まると思われる。時間のロスは少なく済むだろう。



 俺は香花の行動を確認した後、彼女が途中にしていた作業に取り掛かっていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る