第7話
呼び方とかそういうのは後でも良かったのだが、彼女がそれを始めてしまったのだから仕方ない。
香花も満足しているようなので、この話はここまでにしておこう。
さて、今からは重大な話をしていこうか。そしてそれは俺の人生に大きく関わる分岐点となるだろう。
「それで、今後の事なんだけどさ……」
それを話し合う為にも、俺はそう言って切り出していく。すると、彼女は何故だかおかしな反応を俺にへと見せた。
俺は今後の事だと言っただけなのにも係わらず、それに対して香花は頬を赤らめる反応を起こしたのだ。彼女は一体、何を考えたのだというのか。
「えっと……香花?」
「まーくん……私ね、子供は少なくても三人は欲しいんだ」
俺が尋ねると、彼女は恥ずかしがりながらそう告げてきた。
はい、違う。そうじゃない。俺の言いたい事はそういうニュアンスの事では無い。
「一男二女がベストかなぁ。将来的には庭付きの大きなお家に引っ越して、そこで家族みんなで幸せに過ごせるといいね♪」
だから、そうじゃない。そんな未来予想図を立てようなどとは、俺は一言も言っていないから。
きっと彼女の描く未来でも、現在の様に突拍子も無い事ばかり言って俺を困らせているのだろう。その様な光景がありありと想像できてしまう。
しかし、その議題はあまりにも性急に過ぎる。まだ同棲すら始まってもいないのに、そんな事を話してどうするつもりなのだろうか。
それに子供といったって、今の俺の経済力では養っていくには不十分である。彼女と暮らしていくだけでもギリギリかもしれない。
「あの……子供とかそういうのは、また今度にしようか」
なので、その話は遠い未来にへと先送りにする。今はそんな話をしている場合じゃないのだから。
「うん、分かったよ。それで、どんな話をするの?」
彼女も難色を示さず、納得してくれた。長々と将来設計図について語られるかと思ったが、これでようやく話が進められる。
「その、香花もこれからはこの家で暮らす……って事で良いのか、な?」
「うん、そうだね。私はそのつもりで来てるからね。これからはずっと一緒だよ♪」
嬉しいでしょ、と言わんばかりに彼女は俺にへと笑顔を向けてくる。が、俺は嬉しさよりも胃が痛くなってくるのを感じた。
香花とこれから同じ屋根の下で暮らす事は、嬉しさよりも不安や恐怖の方が感情としてはかなり勝っている。
しかし、これについては有無は言えないだろう。俺は粛々と彼女の決定に従うしかない。情けない話だが、そうするしか出来ないのだ。
「それで、部屋だけど……」
「この部屋じゃ、駄目?」
はい、そうだよね。言うと思ってました。
「まーくんと同じ部屋だったら、一緒にいれる時間がもっと増えると思うんだ♪」
部屋割りを話そうとすれば、彼女がそう言ってくるのは既に想定済みである。
「隣の部屋が物置としか使ってないから、そこを片付けて香花の部屋にしようか」
「ここじゃ、駄目なの?」
明確な提案をしてみたが、それでも彼女は譲らない姿勢だった。だが、俺にも譲れないものがある。それは控えて貰いたかった。
同棲するにしても、同じ部屋でというのは辛いものがある。俺にも色々とあるので、住み分けというのは大事であると思うのだ。
「いや、俺にもプライベートが……」
「……駄目?」
拒もうとする俺に対し、彼女は上目遣いで俺にへと訴えかけてくる。その手段は些か卑怯なのではないかと思う。
これまで脅迫ばかりだったのだが、ここにきて香花は情に訴えかけようとしているのである。
「私……まーくんと一緒がいいなぁ」
小動物的な魅力を全面的に押し出し、彼女は俺にへと迫ってくる。
しかし、こればかりは要求を呑む事は出来ない。俺の身の安全の為にも、そして貞操の為にも。
「……隣の部屋で」
「……えっ?」
「隣の部屋で、お願いします……」
「……分かったよ。もぉ」
再三に渡る説得の結果、最終的に彼女は折れてくれた。これで一先ずの安心と安全は確保できたのである。
けれども、彼女は可愛らしく頬を膨らまし、見るからに不満な表情をしている。それを見て、次の意見は必ず採用しないとマズイと直感が俺にへと告げている。
(これ以上、彼女を不機嫌にはさせられない……)
もし、次も意見を通さなければ……間違いなく彼女を怒らせる事となるだろう。そして行き着く先は人生の終焉、バッドエンドである。
(まぁ、今でもほぼほぼバッドルートな事に変わりないが……)
それでも俺は望みたいのだ。自分の幸せを、グッドエンディングが待ち受けている事に。
それはきっと、宝くじに当選するぐらいの確立かもしれないが。いや、もっと酷いかもしれないけど。
「でも、部屋を片付けるまでは……どうするの?」
「えっ?」
「倉庫になってて、片付いてないんだよね? そこでどうやって暮らせばいいのかな?」
『ねぇ、どうするの?』と、彼女は細めた瞳で俺にへと訴えかけてくる。
(し、しまった……)
確かに彼女の言う通りである。隣の部屋の状況を考えると、直ぐに生活を送るには無理があった。
片付けるにしても、時間が掛かるのだ。元々あった物を移す場所も必要になるし、いるいらないの判別をしなくてはならない。
それに考えてみれば、香花の寝る布団かベッド。それに生活に必要になってくるものがいくつかある。それを取り揃えない事には、隣の部屋で暮らせとは言えない。
そうなると、その状況が出来るまで彼女が暮らせる場所といえば。
(この部屋しか無い……)
いくら考えようが、その選択肢しか無かった。女の子である香花に向けて、台所で寝てくれとは言えない。もちろん俺でも願い下げである。
「……ねぇ、まーくん?」
答えはどうなのかと、彼女は待っている。納得のいく答えを聞かせろと。そんな彼女に向ける答えと言えば、一つである。
「しばらくはこの部屋を使ってください……」
元より、彼女の意見を受け入れるしか無かったのだ。その前に彼女を意見を拒否している時点で、それは決まっていた事項なのだから。
「うん、ありがとう♪」
部屋の使用許可を得た事で、彼女は満足していた。
先程の不満そうな表情はもう無く、晴れ晴れとした良い表情であった。俺はきっと、その間逆の表情をしているだろうけど。
「ねぇねぇ。隣の部屋が片付いたら……今度ね、買い物にいこうね♪ 色々と買っておきたいものもあるし」
「……うん、分かったよ。俺が休みの日にでも、行こうか」
「えへへ、やったぁ♪ これってデートだよね。まーくんとデート……楽しみだなぁ♪」
彼女の脳内ではきっと、早々とデートの計画が立てられているのだろう。随分と楽しそうな様子である。
それに対し、俺の中では片付けの計画が組まれていく。早々に片付けを終えなければ、彼女はずっとこの部屋にい続けるのだから。
この際なので、いらないものは全て捨ててしまうか売ってしまおう。収納にも限界があるし、経済的にもプラスになるだろう。
その後も同棲についての話し合いは続いていったが、そのほとんどが彼女にとって有益なものとなったのは言うまでもないだろう。
こうして香花の、香花による、香花の為の同棲生活が幕を開けてしまったのである。
そして俺の生活の中心部分に、段々と香花が侵食していき、その影響を強めていくのであった。
彼女と過ごせば過ごすほど、俺は香花に逆らえなくなっていく。俺の幸せはどこにも無かったのだ。
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