第4話
「えっ? 遺書って、は? えっ?」
彼女から渡された遺書を目にした瞬間、思考は纏まらなくなり、俺は混乱の極みに陥った。一体、何を考えた上で彼女はこんなものを渡してきたのだろうか。
そしてそんな俺とは対照的に、彼女は照れはしているものの、にっこりと微笑んでいる。まるでこれが、ラブレターの様であると言わんばかりの態度である。
「その……早く、読んで欲しいな」
何を言っているんだ、こいつ。と、俺は率直にそう思ってしまった。
正直、こんなものを読みたいとは思わない。誰が好き好んで、告白された相手から渡された遺書を読まなければいけないのか。
だが、読まない事には話を進めれないのだろう。俺は諦めて、意を決して封筒の封を開け、中に入っていた手紙を取り出した。
小さく折り畳まれた手紙を見れる様に広げ、俺はその内容に目を通していく。そこにはこんな内容が書かれていた。
『この世に絶望しました。もう生きていく気力なんて残っていません。神様は私のほんのささやかな願いすら叶えてくれませんでした。私に出来る事はもう、死ぬしかありません。さようなら。私の愛したあの人の幸せを、天国から温かく見守ろうと思います』
その文章の後には彼女の名前が記されており、それで手紙は終わっていた。うん、まぁ……頑張って生きて下さい、というのがこれを読んだ俺の感想である。
いや、これを読んでどうしろと言うのか。判断に困って俺は手紙から再び彼女にへと視線を向ける。
「……は?」
しかし、戻した視線の先にまたも俺を驚愕させる様な光景が待ち受けていた。
俺は彼女が読み終わるのを静かに待っているかと思っていた。だが、現実は違っていた。
彼女は何時の間にか取り出していた出刃包丁を、両手でしっかりと握っていた。そしてその刃の部分を自分の首元に当てているのであった。
「あっ、えっと……」
この時点で俺は何も考えられなくなった。
目の前でまさか自殺しようとする光景を見ることになろうとは、人生とは分からないものである。いや、そんな事を考えている場合じゃない。
最初は冗談かと思えたが、直ぐにその考えは消え去った。何故なら彼女は俺に遺書を渡しているのだ。間違いなく、これは死ぬつもりなのだろう。
「その……どう、だったかな?」
「いや、どうって……えっと……」
「私……早く答えが聞きたいな?」
「あ、あの……」
「あのね。良く考えて、答えてね?」
にっこりと微笑みながら、残酷なまでに彼女はそう告げてくる。
彼女が望む答えで無ければ、即刻その手に持つ包丁を引くというのだろうか。
俺は答えに迷った。出来る事なら、彼女からの問いに対して拒否を表明したいところである。
だが、それをしてしまえば彼女は直ぐにこの世からその命を投げ捨てるであろう。
俺には関係無いと言ってしまいたいが、既に退けないところにまで俺は関わってしまっている。
ここは俺の自宅の目の前であり、そして俺は彼女から遺書を受け取ってしまったのだ。
どう足掻いても、俺は事件の関係者として扱われてしまうに違いない。これからの俺の人生にとって、大きな汚点となって残るであろう。
下手すれば、変な噂に付き纏われる日々を送る事になると思われる。
「大丈夫だよ。私はどんな答えでも、後悔はしないから」
いや、うん、そうだね。彼女は後悔しないかもしれないが、俺は後悔する。というよりも、一生引きずっていくだろう。
「あなたの事を、いつも見守ってあげるからね」
それは守護霊的な表現で、彼女は言っているのだろう。しかし、俺には怨霊的な表現の方が似合うと思う。その方が表現としては正しいだろう。
「お、俺は……」
答えに窮してしまう。どう足掻いても、詰んでいる。俺には救いというものが無かった。
「そ、その……」
どっちを選ぼうが、俺の人生は大きく終わってしまう。今まで通りの生活を送る事は叶わないだろう。
……けど、その二択で迫られれば、まだもう一方を選んだ方がましに思えてしまう。
彼女が死んでしまうより、生きていてくれる方がまだ俺の精神的には負担が少なかった。
「……い、いいよ」
「……えっ?」
「君と、付き合うよ……」
俺は彼女の告白―――脅迫に屈し、そう答えた。もう、どうにでもなればいいという心境だった。
彼女はその言葉を受けると、握っていた出刃包丁を首元から離し、それを地面にへと落とした。
刃先から地面にへと落下していき、出刃包丁はカランと音を立てて横に倒れた。
「本当に、いいの?」
「……うん」
俺が肯定の言葉を口にすると、彼女は勢い良くこちらに向かってきた。そしてその勢いのまま、俺にへと抱きついてきたのだった。
「ありがとう、存安くんっ!!」
「あっ、うん……」
感激のあまり、彼女の目元には涙がうっすらと浮かんでいる。嬉しくて泣いているのだろうが、俺も悲しくなって泣きたい気分である。
「これからよろしくね、存安くん♪」
「よ、よろしく、お願いします……」
こうして、俺の悲劇の日々が確定してしまった。しかし、目の前で自殺される結末よりかは、大分ましであろう。
そう思いつつ、俺は彼女からの力いっぱいの抱擁を受け入れるのであった。
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