束縛彼女との同居生活 ~ヤンデレな彼女からは逃げられない~

八木崎

1章

第1話





 私はあなただけのもの。そして、あなたは私だけのもの。


 切っても切り離せないのが、私達の関係だよね。


 だからこそ、私はあなたを離しはしない。逃しはしない。


 だってこんなにも、あなたの事を愛しているのだから。


 あなたもきっと、私の事を愛してくれるよね?


 それがお互いの、幸せの為だもの。










 



「―――そういえば、依田ってさ。彼女とかいないのか?」



 仕事終わりの週末の夜の事である。



 俺こと依田存安よだ まさやすはたまたま上司から飲みに誘われて、近所の居酒屋にへと来ていた。



 本当なら断りたかったが、上司からの誘いなので、断る訳にもいかない。



 渋々ながら付き合っていたのだが、そこで不意にも上司からそう問い掛けられたのだった。



「……はい?」



 俺は少し動揺してしまったせいか、間の抜けた声でそう返していた。



 唐突だったのと、酔いもあったものだから、頭の回りはいつも以上に遅かったからだ。



 しかし、直ぐに酔いは覚めて素面にへと立ち戻る。そうでなければ、地雷を踏みかねない。



 持っていたビールのジョッキを机の上に置き、そしてせめて目が泳いでしまわない様にと、上司の目に視線に目を合わせる事に注視した。



「前から気になってたけどな。そこのところ、どうなんだ?」



「い、いや、その……」



 酔った勢いとも言うべきか、上司はハイボールを流し込む様に飲みつつ、更に畳み掛けてくる。



 幾ら俺が部下とはいえ、少しは遠慮というものをして欲しいものだ。



 飲み会での会話ともなれば、肴としてそういった話題にもなる事もあるだろう。



 しかし、俺にとっては触れて欲しくは無い話題である。



 というか、答えたくは無い。出来る事なら、無視してしまいたい程だ。



 だが、相手は直属の上司である。そんな相手に無視するなんて行動など出来るはずも無い。



 だからこそ、俺は逃げるのではなく、この場を何とかして切り抜ける方向に思考を切り替える。



「い、いません……」



「えっ? 何だって?」



「彼女なんて、生まれてこの方いた事が無いですよ」



 とりあえず安直な考えであるが、ごまかす事にした。有耶無耶にしてしまえば、上司もこれ以上の事を追及してくる事も無いだろう。



 幸いにもこの上司は酔うと翌日にはある程度の記憶を無くすタイプだ。



 後は調子良く飲ませて、明日にはそ知らぬ顔で接すればいいだけである。



「ふーん、そうなのか」



「そ、そうっすよ」



 ここで目を逸らせば疑惑の目で見られそうなので、絶対に視線は外さない。



 その代わりに、俺は大皿に乗った料理を小皿に取り、それを上司にへと差し出した。



「いや、依田に彼女がいるとかなんとか、そんな噂を聞いた事があった気がするんだが……」



「違いますって。多分、デマですよ、デマ。そんな事、ありえる訳が無いじゃないですか」



「はぁ、寂しい奴だな……」



「す、すみません……」



「お前もいい歳なんだから、早く彼女ぐらい作れよな」



「は、はい。善処します……」



 俺がそう言うと、上司は満足したのか俺が取り分けた料理を箸で掴み、口にし出す。



 それを見た俺は内心でホッと一息吐いた。これでもう、上司がこの話題について追及してくる事は無いだろう。



 続きそうも無い話題に対して、より興味を向けてくる事は考えられない。



 先程の『彼女を作れ』という結論を以てして、この話題は終了という事だ。



 ごまかすという単純な方法だったが、これで何とか俺の安全は守られた。



 俺は自分の健闘に報いる為にも、喉を潤そうと再びジョッキを手にしようと手を伸ばした。



「いーやいや、依田ぁ。お前ぇ、嘘は良くないってー」



 しかし、邪魔―――余計な言葉を横から飛び出てきた事により、伸ばした手はジョッキに到達する前に止まる事となった。



 ふざけるなと内心で思いつつ、声のした方向に視線を向けると、そこには呑気そうな表情をした男が座っている。



 実は飲みに誘われたのは俺だけでは無く、隣に座るこの男も一緒に誘われていた。



 この場にいるのは上司と俺、それとこの男の三人となる。



 既に酔いが回っているのか、男の顔は真っ赤に染まっている。それどころか、視線はあちこちに泳いでいて定まっていない。



 これは紛れも無く、酔い潰れる一歩手前の感じだった。もう少しすれば、トイレにでも直行するのでは無いかと思ってしまう。



「神谷、あのさ。酔ってるからって適当な事を言うのは良くないと思うな」



 男―――俺の同期入社の同僚でもある、神谷宗司かみや そうじを窘める様に俺はそう言った。



 悲しい事に、この男は真実を知っている一人でもあった。つまり、この男が言っている事は適当でも何でもない。



 そう、俺には残念ながら彼女というのが存在する。随分と前から、付き添っている女がいるのだった。



 しかし、その存在をあまり公にはしたくは無かった。それには深い深い、話すのが躊躇われる程の事情があった。



 だからこそ、これ以上の情報の拡散は避けたいところである。上司にもごまかしていたのはそれが理由である。



「ほら、そろそろ限界なんだろ? 少しは横になったらどうだ?」



 平時であれば神谷も俺の事を気遣ってこの話題は口にはしないが、今はかなり酔い潰れている。



 つまり、いつもの正常な判断が出来ないという事に他ならない。



 面白そうな話題が起きようものなら、すかさずそこへ燃料をくべてもおかしくはない。



 これは早々にこの男を寝かせるなり、口を塞いで黙らせるしか俺には退路は残されていなかった。



「お前よぉー、あんなにもさぁ、可愛い彼女がいるんだからさぁー。少しは紹介してもいいんじゃね?」



 だが、俺が動こうとするよりも先に、神谷は爆弾発言をこの場に投下してしまった。



 気軽に投げ掛けられたそれは、俺にとっては核弾頭と同じぐらいの威力が込められている。



 考え知らずのこの酔っ払いを殴ってしまいたいと思うのと同時に、ドッと冷や汗は噴き出してくる。



「おい、依田」



 俺はゆっくりと、視線を神谷から上司のいる方向にへと戻していく。



 そこには満面の笑みを浮かべつつ、獲物を狙う様な目をした上司の姿があった。



「彼女、いるんだよな?」



「え、えっと……」



「い る ん だ よ な ?」



「……はい」



 俺は観念して、そう口にする。この期に及んで、ごまかす事は不可能だと悟った。



「何だよ、いるならいるって最初から言えよな」



 そう言いつつ、上司は上機嫌で残りのハイボールを飲み干す。それから店員に声を掛け、おかわりを注文した。



「ははは……」



 それに対して、俺は乾いた笑いしか出てこなかった。もうどうにでもなれと、俺もビールに口をつける。ぬるくなっていたビールは少し不味かった。



「それで、どんな感じの娘なんだ? 可愛い系か? それとも美人系なのか?」



「どっちかというとー可愛い系すねー。本当、羨ましいっす」



 俺が答える前に、机に突っ伏した神谷がそう答える。



 頼むから、もうそのまま眠りについて欲しかった。このままこいつが起きたままだと、より事態が悪化する。



「依田、写メとかないのか。ほら、見せてみろよ」



「依田ー、借りるぞぉ」



「って、おい!」



 俺の了承も取らないまま、神谷は俺から携帯を奪うとそれを上司に向けて投げ渡した。



 上司はしっかりと受け取ると、直ぐに起動させて確認しようと動き出す。



「おっと、これはこれは……待ち受けが彼女さんの写真なのか。依田も中々だな」



 上司がまじまじと見つめる先には、俺の彼女が写った画像が表示されている。



 アップめの自撮り写真でにっこりと笑みを浮かべつつ、ピースサインを送っている彼女の姿がそこにはあった。



 自慢ではないが、彼女の容姿に関してはかなり高いレベルであると俺は思う。そこらのアイドルと比較しても、遜色は無いだろう。



 普通であれば自慢の彼女だと言って、周りに見せびらかすかもしれない。が、俺の場合はそうはならない。



 俺は居た堪れなくなって、顔を机の上にへと埋める。正直、この場から早く開放されたい。今はその気持ちでいっぱいだった。



「どんだけラブラブなんだよーって、そう思いませんか?」



(あぁ、もう……全力で否定したい……)



 別に好きで彼女の画像を待ち受けにしている訳じゃない。これは強制的に、勝手に設定されているのだ。



 この事に関して、俺の意思は全く介入されていない。全ては彼女の独断―――独善的な行動によるものである。



 しかし、ここで俺が『待ち受けを設定したのは彼女だ』と説明したとしても、上司が信じてくれるとは思えなかった。



 大方、恥ずかしいからそう言い訳をしているとそう受け取られるに違いない。



(もう、どうにでもなれ……)



 俺は上司の弄られ役となる事を受け入れると同時に、帰った後の事を考え、憂鬱な気分に落ち込むのであった。



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