第17話

藤原は校門にもたれかかるようにして僕を待っていた。

彼女は無表情で地面の一点を見つめていたが、僕が来たのに気がつくと少しニヒルに片眉を上げて笑った。


「悪い。遅れた」


 「ん」


 彼女はそう短く返事をすると、前を歩き出す。気ままな猫のような彼女らしい足取りで。


 時刻は六時を越えたころで、未だ夕日が出ている。当たり前だがやはり夏は昼が長く、夜は短い。

夕日が射して、彼女を照らし、首元に影がかかり、彼女が陽気に歩くから、制服が揺れて、うなじが見え隠れする。


 多分、気になるのは僕が変態的な人間だからもあるが、それだけではなく彼女の行動一つとっても自分の心が揺さぶられているからだ。


「須川」


 不意に名前を呼ばれる。


 「どうした?」


 「ううん。なんで神崎を止めなかったのかなって」


 「止める?何故?」


 「だってあいつ、今から喧嘩しにいくんでしょ?」


 藤原は心配そうにこちらを窺う。僕が行く前に彼女に神崎は話していたのであろう。それとも感じ取ったのかもしれない。

動物の勘かもしれない。


 「そうだな。でもナイフも持たせたし、大丈夫だろ?」


 「本気で言っている?あんな仏みたいな性格でまたタコ殴りにされるのがオチでしょ?」


 手厳しい意見を言う彼女は何も神崎を悪く言いたいのではなく、心配そうに瞳を揺らしていた。

素直な心を上手く表せないのも彼女らしさかもしれないなと今では思ってしまう。


 「大丈夫だよ。彼はちゃんと分かっている。それも分かった上で行くんだ。無気力になってただ殴られ続ける人間と、反抗の意志を持つ人間では明確に差がある」


 「それって何?」


 「一生懸命だってことだよ。諦めない人間ってのは全部が上手くいくわけでもないけど、それなりに生きていけるもんだ。無気力な人間は駄目だ。それだけで色んなものを見逃してしまうし、見逃されてしまう」


 「なんか分かるような分からないような」


 「藤原はもう大丈夫だよ」


 「………うっさい。私の話じゃないでしょ?知った風に言うな」


 僕は藤原の蹴りを貰い、少し体勢を崩した。そうして、それで満足したのかまたいつもと同じ足取りで歩く彼女を追いかけた。


 






 手始めにタピオカ屋に向かった。


 それがこうも並んでいるとは思わなかった。都市部の真ん中に走る大きな通りに面してあるそのタピオカ屋の店に女子高生を中心に多くの客が並んでいた。


 僕はげんなりした顔で彼女を見る。


 すると彼女は満面の笑みでこちらを見て、僕の背中を押した。


 そうして、長蛇の列の最後尾に加わり、楽しそうな藤原と待つ。


 彼女は僕に最近、ハマっている面白いアプリゲームの話や、神崎が一部の女子にモテているという珍妙な話をする。僕も負けじと彼女に自分の好きなアプリゲームの話をして時間を潰した。

彼女は小さな手の中でマンボーを育てている。不思議なアプリだ。


 「で、そのマンボー育ててどうするの?」


 「どうもしないけど?育てると大きくなるからなんか知らないけどハマっちゃったの」


 「あ、そう。ちなみにそのアプリ内では簡単に死ぬけど、本来マンボーはそこまで脆弱ではないそうだ」


 「ふーん。なんかつまんない」


 彼女はそう言いながら、携帯内に映るマンボーにエサをやる。


 「あれは?………前に言ってたヤバイ彼女を育てるアプリ」


 彼女はアプリゲームをしながらこちらに話しかける。

それは、僕が暇つぶしにやっていた病んだ彼女を育てるという一風変わったアプリゲームである。薬を上げると成長するというギリギリの内容のゲームだった。


 「ああ。あれかー。なんか最後、逃げられた。こっちは結構情が移っていたのに、育つところまで育ったら用済みみたいな感じだな」


 「あらあら可哀想に」


 彼女は腹の立つ声を出す。揶揄っているような、喉をしぼめて、空気を濾したような声を出す。


 ムカつくので、横から手を伸ばして携帯の電源を落としてやると、にゃーにゃーと騒ぐのでまぁ落ち着けと肩に手を置く。


前に一度、藤原が怒った時に頭をポンポンと叩いたら彼女は更に激昂した。

女子の髪に触るな!この野郎!とそれは鬼の形相で掴みかかって来たのだ。

僕が読んでいた「サルでも分かるモテテク100」という本はどうやら間違っていたようだ。

付け焼き刃の僕の知識を叱り、戒めた彼女へのあやし方が分からず仕方なく肩に手を置いた次第である。


 すると、彼女は何か思いついたのか、僕の顔をチラリと見て、その手に自分の手を乗せてきた。


 そう来るとは思っていなかったので、慌てて手を引っ込めると、彼女が勝ち誇った顔でこちらを見てくる。


 彼女の顔を見る。彼女も上目遣いに僕を見る。

両者ともに顔を真っ赤にしていた。


 夕日はもう沈んでいたため、これは気温やら日差しの所為ではない。


二人して無言になりタピオカミルクティーで熱を冷ました。





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