第2話
朝のホームルームに遅れていっても誰も何も言わなかった。
僕の隣の人間は、一瞬怪訝そうな顔で僕を見ていたが、それが遅れてきたからなのか、それともタバコ臭いからなのかは分からない。
まじまじと見つめてくるものだから、酔いに任せて覚えた変顔を見せてやれば黙して、机に突っ伏していた。
笑えたのか、それとも変人と関わりたくないと思ったのか分からない。
僕は授業中も寝続けて、昼になると、不意に腹が空いて目が覚めた。
購買で残ったジャムパンを一つと珈琲缶を買い、校内で誰もいない場所を探してみた。
誰とも会いたくないし、人気の少ないところでタバコでも吹かして昼飯を食べようと考えたのだ。
歩けど、歩けど、アホそうな顔の学生が隣をすり抜けていく。こいつら蟻のように湧いて出てくるなぁとこれまたアホなことを考えながら歩いていると気が付けば屋上にいた。
馬鹿と煙は高いところにというが、それは僕のことかと一人納得しながら、開かないだろうと屋上のドアのぶを捻ってみた。
簡単に開いた。
おおっと少し驚愕の声が漏れて、その情けない声に一人笑って、屋上に行く。
柵が周りを囲んでおり、その先の町の景色はなかなか良かった。
おおっとまた感嘆の声を漏らし、僕はドアの横に座り込んで、ジャムパンを食べ、珈琲を飲みながら一服する。
風が心地よく、下のグラウンドで楽しそうにボールを追いかける学生を見ながら、あいつら元気だなーと感心しながら、もう一本の煙草に手を伸ばしたときに不意に声をかけられた。
「………臭いんだけど」
それは女の声であった。
僕は一瞬、どきっとしたが、ああ二日酔いの幻聴かなとタバコに火を付けようとライターを構えたところでまた声が聞こえる。
「無視しないでよ………聞こえてるでしょ?」
僕は恐る恐る声の方に目をやると、屋上の貯水タンクの下からこちらを見下ろしている女子生徒と目が合った。
「ああ。………すいません」
「………うん。気を付けてよ」
何故か彼女は少し驚いたように目をパチクリとしばたかかせて、こちらに注意し、また貯水タンクの下に隠れた。
屋上の妖精かな?と一人馬鹿げたことを考えながら、またタバコに火を付けた。そして、珈琲を飲み、フーッと煙を吐き出し、景色を見る。
これは心地が良い。自分の家からでは路上か、はす向かいにあるコンビニしか見えないが、ここからだと町を一望しながら吸えるなと胸躍らせ、一人微笑んでいるとまたも声が聞こえる。
「ちょっと!!………えっと、臭いから」
「ああ。すいません。フーッ」
「だから!!やめろって!!」
その子は階段を降りると、こちらに寄り、僕の煙草をひったくると地面に叩きつけて、足で踏み潰した。
ああ。上靴が焦げちゃうんじゃないの?と思いながら眺めていると、彼女は大胆に踏み潰した足を上げ、こちらを警戒しながら見ている。
「不良?」
「不良とは?」
「ここ。あんまり人来ないし、来るのは不良くらいだから」
「不良って………今日日聞かないな」
彼女は眉を顰めてこちらを注意深く見る。僕は見た感じ根暗な学生だし、不良って感じではないはずだ。
細身、色白、イケメンではない。
どちらかと言えば、彼女の方が顔の堀が深く、くっきりとした猫目で派手な顔から不良っぽい。
「………タバコ吸ってるから」
「ああ。タバコ吸ってるのが不良なら僕はそうだな。僕こそ不良だ」
僕は酒で赤らんだ頬を膨らませて、胸を張って言い切る。
「何言ってるの?」
「さぁ。何言ってるんだろ?」
「………なんか馬鹿な人に声かけちゃった」
「失礼だな………。まぁいいか」
僕はタバコを吸うことを我慢しながら、また景色を見る。流れゆく雲と、変わらぬ街の景色を見下ろしながら、風を浴びると心地よい。二日酔いに心地よい。
夏の気配を感じる。初夏の匂いと入道雲に吹き抜ける風に身を晒す。ああ。実に心地よい。しかし僕に夏休みはやってこないのだ。
「ねぇ」
声が聞こえる。気が付くと、その子は未だ、僕の隣におり、こちらを見下ろしていた。
「私にも一本頂戴」
「駄目だ。未来ある若者が自分から未来を潰すようなことをするもんじゃない」
僕は我ながら良いこと言ったなとふふんっと鼻を鳴らすと、彼女はジト目でこちらを睨んでいた。
「は?」
「あげないと言っている。霞(かすみ)でも食ってろ」
「………ケチ」
彼女は小さくそう言うと、僕の足を少し蹴飛ばして、また貯水タンクの下に帰っていった。それがおかしくて少し笑って、それだと貯水タンクの妖精だなとまた一人微笑んだ。
そうして、また五分ほど景色を眺めていると、彼女が再度声をかけてきた。
「もうすぐ………不良が来るよ?」
「いや。僕が不良だが?」
「違う。あんたみたいな馬鹿そうな奴じゃなくて本当の不良」
「ん?そいつはタバコを一気に10本くらい吸うのか?どんな口をしているんだ?」
「だから違うって。そうじゃなくていじめっ子」
「へぇ。それは怖いなぁ。そっち隠れていい?」
「え?………別にいいよ」
僕は彼女の隣に行く。これで僕も貯水タンクの妖精だ。
そうして、二人して待っていると本当に屋上のドアが開いた。
そこには、三人の学生と、一人の小太りの学生がいた。
そして何やら揉め合っている。そうこうしているうちに小太りの学生は土下座をしていた。時代錯誤も甚だしい。
他の学生三人は笑って、その学生の肩やら腹を蹴ったりしている。
顔を蹴らないあたり陰湿である。
僕は白んだ瞳でそれを眺めていると、隣の彼女が少し震えていることに気が付く。どうしたのだろう?トイレだろうか?まぁこの状況では降りられまい。
僕はどうでもいいと思って見ていたが、彼女はこの状況に心を痛めているのかもしれない。馬鹿げたことだと、またタバコに手を伸ばしそうになるのをぐっと我慢し、早く終わらないかなと眺めている。
小太りの学生は泣きながら、膨らんだ手で胸ポケットから財布を出す。
そこまで懸命に守っていているその財布には一体何枚入っているのだろうと、期待しながら見ていると、野口一枚が姿を現した。
「いや、それだけかよ」
僕は独りごちた。それは思ったよりでかい声だったようで、僕に気が付いた四人の学生は一斉にこちらを見ていた。
ありゃま………バレたかと貯水タンクを降りていく。彼女は咄嗟に身を隠したようでバレていない。
猫のように素早い女子だ。
「おい!お前!何見てんだ!」
三人の一人が僕に吠える。
何を見ているんだ?と問われたら、いじめの現場を見ているとしか言えない。
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