余命1カ月〜僕の最後の学生生活〜
プーヤン
第1話
紫煙を燻(くゆ)らせて、アルコールの匂いが充満する部屋で一人座り込んで考えあぐねいていた。
残り25日。何をして過ごそうかと。
ふと立ち上がれば、眩暈とともにふらつく足で洗面所に向かう。
二日酔いのせいか、頭痛も酷く、吐き気もする。
洗面台に思い切り胃の中のものを全て吐き出せば、吐しゃ物の匂いまで漂ってきたが、アルコールとタバコの匂いが鼻に染みついて、さして気にならなかった。
鏡を見て、いつもと変わらぬ自分の顔を見ながら、眉を上げたり、口をへの字に曲げたり、膨らませたりしてみた。
意味のない行動だが、それゆえいつもと違う顔を見れば何か思いつくかと考えていた。
そうして、それにも飽きればまたタバコに火を付けて、煙を吹かして、淀んだ瞳が煙を追う。
空いたショットグラスにバーボンウィスキーを注いで、意味も分からず揺らして飲み干す。
唇が一瞬冷たく感じ、その後は熱を帯びて、芯から熱くなる感覚。
口に入れても同じように、酒の軌跡が喉から胃へ、同じように始めは冷たく、のちに熱くなる。味など分からない。
何が旨いのかも分からない。枯葉を燻して飲めばこんな味がするのではないだろうか?
無論、ウィスキーの種類さえも知らない。
ただバーボンが上手いと叔父が言っていたことから、それを叔父の家からクスねて、今、目の前にある酒がこれだけだと言うことだ。
そうして、今後を思案しながら、そういえば明日は月曜日だと気が付く。
ガンガン響く頭痛に眩暈もし、頭を手で押さえながら、学校に行くか考える。
学生なのだから登校するのは当たりまえではあるのだが、どうにも気が進まない。
なぜなら行く必要もなくなったからだ。
思い返せば、僕は今まで学生の本分である学業に専念するでもなく、部活動にも力を入れていなかった。何に対しても本気で取り組んだことがなかったのだ。
それでもいいかと思っていたが、こういった状況に陥れば、後になって思うのはもっと何かに本気で取り組んでいれば、今、やりたいこともすぐに思いついたのではないかと考えてしまう。
趣味もなく、休日もただ家で寝たり、テレビをアホな顔で眺めていただけだ。日曜日も家事をしていればすぐに終わってしまう。
高校生で一人暮らしとは、今の時代珍しくもないだろう。
高校生で昼間から酒を飲み、タバコを吹かしている方が珍しい。法的にはアウトだろうが、別にどうでもいい。
僕は法律など規則を知らぬほど頭が壊滅的に悪いのだ。
成績も悪く、運動もそこそこである。知識もなく、語彙も貧困である。
大人になり切れない子供と大人の間である無知な高校二年生である。
しかし、知っていることもある。
このあいだまで知らなかったのに、不意に思い出したのだ。
そう。
僕は後一カ月で死ぬということだ。
気が付いたのは六月の終わり。いや、もう日付は変わっていた。
七月一日である。
ちょうど時計の針が重なっていた。12時00分。その時、急に僕は八月一日で死ぬと思い出した。
普通なら映画の見過ぎだろとか、小説の影響だなと気にせず眠るのみだが、僕はそれが何故か事実だと悟った。
ああ。僕は死ぬのだなと。
特段、悲しみもなかった。
僕は教室でも大人しいタイプの人間だし、友達もいない。無論、恋人もいない。そういう寂しい人間であるし、死んでも悲しむ人間もいない。
ただ、どのように死ぬのだろう?と無頓着に自分の死に顔を想像していた。
今のように酒で赤らんだ顔のまま、頭もフワフワとした浮遊感に包まれながら死ねるなら本望だ。
死ぬなら死ぬで痛みなく死にたいなぁと考え、出来るなら心臓発作とか一瞬であの世へ行ける方法を所望する。
そうして、死ぬことが確定してから、ずっと考えていた。
後一カ月なにをしようかと。
とりあえず、叔父の家に忍び込んで、ウィスキーボトルとタバコを1カートンをクスねてきた。
その時、叔父の娘は僕を見て、眉を顰めていたが、安心していい。君の城には二度と近づかないし、一生住み着いたりしないから。
それを尻目に自宅に帰ってきて、酒を初めて飲み、タバコを初めて吸い、二日が経った。
別に美味しくもないが、他の学生とは違うことをしていることに少しの優越感を得て、次には自分は何をしているのだろうと馬鹿らしくなってしまい、今、ボトルの中身を洗面台にぶちまけた。
タバコは慣れてきたから、そのまま学校カバンに忍ばせて、やることもないので眠りについた。
日の光が眩しくて、目を覚ます。
未だ頭は痛む。酔っているからか、死期が近いからか見えないものまで見えてくるかと思ったが、ただ目やにが付いていただけだった。
むくんだ顔を洗面台でさっと洗って、その時、不意にアルコールの匂いがつんっと鼻を刺激して、眉を顰めて、水をただ流し続けてみた。
そうして、この6畳の部屋に酒とアルコールの匂いが染みついているのが嫌になり、窓を開けて、空気を換気し、またタバコを一本吸い、元の木阿弥だなと一人笑みを浮かべていた。
時計を見ると、もう9時である。
僕は眠気眼をこすり、やることもないので当初の予定通り学校に向かうことにした。
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