どうしてそうなった?
アール
どうしてそうなった?
「やあ、久しぶりじゃないか。
心配していたのだぞ? 何年もの間、ろくに連絡もよこさないかと思えば、見せたいものがあると急に今日訪問してきたのだからな」
客室でくつろいでいる友人のアール博士に向かってこの屋敷の主人であるエムはお茶を出しながらそう声をかけた。
「いやぁ、本当に悪かったと思ってますよ。
研究に熱中してしまうと、どうもそれ以外の物事が目に入らなくなってしまいますからね……」
気恥ずかしそうに笑いながら、アール博士はそう答えると、客室の壁に飾られている何枚もの絵画や、壺、オブジェなどに視線を移した。
エムの屋敷の客室には、とても不思議で奇怪なもの達がたくさん飾られていた。
絵画やオブジェの他にも、黄金の阿修羅像や木彫りの熊。
そして極付は、部屋の片隅にある止まり木にとまっている、愛くるしい顔をした大きなフクロウであった。
しかしアール博士はもはや何をみても驚かない。
エムと交流してきた長年の経験によって、彼がどんな奇怪なものを購入したとしても、すっかり慣れてしまっていたからだ。
「それにしても……、また増えてますね。
何年経っても、エムさんの買い物依存症は直らないなぁ」
「フフ、まぁそうだな。
こればっかりは克服しようがない」
エムはそう言って笑った。
このエムという男、実はこの辺りでは知らぬ者がおらぬほどの、美術品に目がないことで有名な資産家であった。
気に入った美術品は金の力にものをいわせて必ず手に入れる。
アール博士とは妙にうまがあったので、このような個人的な付き合いは今日まで続いていたのだった。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか。
貴方には今日、見てもらいたいものがあるのです」
アール博士は持参したジェラルミンケースの中から小さな小瓶を取り出すと、それを机の上に置いた。
「何だ、この薬は?」
「フフフ、この薬は予知薬です」
「予知薬、だと?」
「ええ、そうです。その名の通り、瓶の中に入っている薬を一錠服用し、様々な手順をこなすことで、五年後の未来を見ることが出来るのです。
まあ、色々と問題はありますがね…………」
そう呟きながらアール博士は瓶の中から一錠取り出すと、エムへと差し出した。
「まあ、物は試しです。
エムさん、一錠飲んでみて下さい。
もちろん、体に害はありませんよ」
エムは、アール博士が言われるがままにその錠剤をミネラルウォーターと共に喉の奥へと一気に流し込んだ。
しかし、特に何もエムに変化は現れない。
「おいおい、何も起こらないじゃないか」
「いいえ、ここからです。
これから、貴方が未来を見てみたいと思うものに手をゆっくりと触れてみて下さい。
何でも構いませんよ。
そこにある名画であったり、彫刻であったり。
はたまたそこの止まり木に止まっている可愛らしいフクロウでも構いませんよ」
「なるほどな。
君の言っていた問題と言うのは、薬を服用した際に触れた物の未来しか見ることができないと言う事な訳だな」
「そう言う訳です。
しかも見れるのは5年後の未来のみ。
色々とまだまだ問題を抱えた物なんですよ」
そう言って博士は肩をすくめながら笑った。
「それでも未来が見れるというのは素晴らしいことだ。
……どれ、君が先程例としてあげていた、このフクロウの未来でも見てみるかな」
そうエムは呟くと、フクロウの背中の部分にゆっくりとその手を置いた。
「あ。 これはこれは」
エムが大声を上げ、不意に目を大きく見開いたのも無理はなかった。
エムの頭の中で、今よりも少し大きく、そして立派になったフクロウの、未来のビジョンが突如飛び込んできたからだ。
「これはすごい。 このフクロウの未来の姿が頭の中で浮かび上がってきたぞ」
エムはそう興奮しながらアール博士に向かって言った。
「そうでしょう、そうでしょう。
この薬を開発するために、私は莫大な予算と時間をつぎ込んだのですから」
アール博士は誇らしそうに胸を張ってそう言った。
「どれ、他の物の未来も見てみるとするかな」
エムはそう言うと薬をもう一錠服用し、今度は部屋の片隅に置かれていた、立派な形をした大きな壺に触れた。
しかし先ほどとは対照的に、エムは何も言わず、無言で不満げに顔を曇らせてしまった。
「……どうしました?」
その様子を見ていたアール博士が、不安そうに尋ねる。
「……触れた途端、頭の中にこの壺がバラバラに壊れるビジョンが飛び込んできたんだ。
ということは……」
「そうですね。
……おそらく、その壺は今から5年以内には壊れてしまう、そんな運命を持っているのでしょう。
誰かが不意に割ってしまう、といったことになるのかもしれません」
アール博士の言葉に、エムはうなずいた。
そしてすっかり暗くなってしまった二人の雰囲気を払拭する為、慌てて笑顔を作ると、アール博士に言った。
「まあ、どんなに貴重な物にだって、最後には壊れるという運命はつきものだ。
気にはしないでおこう。
どれ、アール博士、今日は泊まって行けよ。
朝まで飲み明かそう」
「フフ、いいですね」
エムの提案に賛成とばかりに、アール博士は笑うと、勧められたグラスいっぱいの酒を一気に飲み干した。
二人の夜は、これから始まるのだった。
しかし、二人は次の日の朝を迎えることは叶わなかった。
なぜなら突如として発生した巨大地震により、屋敷ごと彼らは押し潰されてしまったからだ。
もちろん客室に飾られてあった何枚もの名画やオブジェ。
そして部屋の片隅に置かれていた立派な壺は、崩れた部屋の天井に押しつぶされ、まるで未来で見た通りの姿にバラバラとなった。
だが、ただ1匹、助かった者がいた。
それは部屋のとまり木にいた一羽のフクロウである。
動物特有の鋭い勘のお陰で地震がやってくることを察知したフクロウは、隣の部屋で酒盛りをしていた主人とその客人を見捨て、開いていた窓から大空へと飛び立っていった。
無論、その後フクロウは何事もなく、立派に成長していくのは、昼間に薬が証明していた事である。
どうしてそうなった? アール @m0120
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