1‐4‐8 ばびゅーん、どかん!
かつて、迷宮都市グログロアの『旅立ち荘』にて、エリリアは夢を見た。
深い眠りから覚めたエリリアは、喜々としてその内容を二人に語る。
「私たちの旅の目的地は北東、バードマンの方々が暮らすハイランダー山脈です。そして、夢の中で私は未来を見ました」
エリリアは手で大きな円を描く。
仕草からして、旅立ち荘すらすっぽり入るような大きな円を描きたかったようだ。
「私たち、夢の中でこーーーーーーーーんなに、大きなドラゴンに襲われてました。マリィとドラゴンが力比べをしていたんです」
「へ?」
閉人が目を丸くすると、エリリアは興奮気味に閉人に顔を寄せた。
「それにそれに、閉人さんも戦ってくださってました! 断片的にしか見えませんでしたけど、ばびゅーん、どかん!という感じで、かっこよかったです!」
閉人は、いよいよもって訳が分からなくなり、訊ねる。
「え、ごめん何だって?」
「ばびゅーん、どかん! です」
「???」
その時、閉人には何がどう具体的に「ばびゅーん、どかん!」なのかよく分からなかった。
今なら……
(いや、『ばびゅーん』て何だよ)
やはり、よく分からなかった。
†×†×†×†×†×†×†
「ギ ア ア ア ア ア ア ア!」
エリリアたちに先行していた僧兵たちがフェザーン上空にてアラザールに挑んでいた。
「一カ所に複数で固まるな! ブレスを撃たれるぞ!」
「奴の上を取れ! 里から気を逸らさせるんだ!」
「目を狙え!」
アラザールから里を守るために取られた戦術は以上のようなものだった。
ジェット機のような巨体を相手にするには、数の力と小回りを活かすのが最も効率的である。
「ギ ア ア ア !」
アラザールは、頭上を取り囲むように展開するバードマンたちに翻弄されていた。
もしここにイルーダンが居たならば、
「雑魚どもに構ってんじゃねぇ! 里を焼いちまえば俺たちの勝ちだッ!」
と、僧兵たちが最も嫌がる戦術をアラザールに授けていたことだろう。
里に向けてブレスを放てば、バードマン達は故郷を失う。
それを阻止しようとして無理な攻勢に出れば、イルーダンがたちまち魔眼で捉えて『左手』の餌食にしていただろう。
閉人が先んじてイルーダンを討ったことで、確実にアラザールの戦力は削がれていた。
だが、
「まるで生きた要塞。三日三晩かけたところで、アレを落とせるのか……?」
指揮を執るクシテツは息を巻いた。
「ギ ア ア ア ア ア ア ア!」
アラザールのブレスが天を焼く。
連鎖する爆炎が、炎の柱となって宙を薙いだ。
炎が通り過ぎた跡には、巻き込まれたバードマンたちが燃え盛る炎に包まれて墜落していくのが見える。
「くっ、何という……」
分散して戦うという戦術は、
もっと言えば、狙われた少数を切り捨てることで全体を守る苦肉の策でもある。
「拙僧にもっと力があれば……ッ!」
クシテツは憤る。
太古から人々が感じて来た、理不尽で巨大な力に対する憤りである。
古来、
干ばつ、台風、地震、洪水……
大自然のうねり、巨大な力が引き起こす災いに対して長らく人は為す術を持たなかった。
また、持つべきとすら思わなかった節がある。
ちっぽけな人間にとって、自然も
そんな相手に勝とうと思うだろうか。
イヴィルカインは、そんな災害を連れてきたのである。
だが、歴史の中には『厄災』に立ち向かう者たちも多く現れた。
自然の猛威に対して組織的に挑戦した者が『王』と呼ばれる中、竜に立ち向かう者には『英雄』という呼称が与えられた。
そして、この戦いの中で一人、『英雄』の領域に届き得ると評された戦士がいた。
評したのはイヴィルカイン。
その名は……
「なるほど、あれが
ジークマリア=ギナイツであった。
エリリアが操る
その背の上に、凛とした濃紺の髪が靡く。
「なぁ、本当に『やる』のか?」
その後ろで心配げに閉人が訊ねる。
「問題ない。姫様の白魔術でいくばくかは回復した」
「……無理すんなよ」
「愚問だな。騎士道に『無理』の二文字は存在しない」
ナポレオンのような事を言うと、ジークマリアは
「では姫様、手筈通りに参りましょう」
「ええ、ご武運を!」
ジークマリアはぴょんと
空賊団アジトへの降下に使った『帆凧』を再展開し、一直線にアラザールへと滑空していく。
その片手には、既に魔槍アンブラルが構えられていた。
「まずは一撃、さっきのブレスの礼だ。噛み締めろ!」
一閃。
首を刎ねんとする魔槍アンブラルの一撃が、アラザールの頸部に突き刺さる。
「ギ ア ア ! ?」
暴れもがくアラザールの頸から鮮血が迸る。
身をよじらせて暴れるが、ジークマリアはその背にしがみついて持ちこたえた。
「ち、浅いか。だがこの程度の傾斜、学院校舎裏の崖には遠く及ばん」
ほぼ垂直にまでせり上がった巨大な背を駆け、再度ジークマリアはアラザールを刺しにかかる。
そんな様を上空から眺め、閉人は息を吐いた。
「やっぱすげぇわ、アイツ……」
大きさ的には、人間と蠅の戦いのような物である。
だが、ジークマリアは少なくとも毒を持ったスズメバチぐらいには凶暴だ。
このままアラザールを倒してしまうのではないかという勢いで、巨体に針を刺しまわっている。
取り敢えず、カンダタでの援護は必要無さそうであった。
「私たちも急ぎましょう、閉人さん。どの辺りでしたっけ?」
「たぶんあそこだ、姫さん。『瞑想の間』」
翼の寺院、初めてボリ=ウムと会見し、イルーダン達の強襲を受けた因縁の場所。
「
エリリアが駆る
「これが、猊下が遺してくださった……?」
「そう、こいつさえあれば……『ドカン』さ」
ボリ=ウムが用意したもう一つの『秘密兵器』が『瞑想の間』の中心に安置されていた。
ドワーフが用いる土木作業用の爆弾であった。
「……」
閉人はドワーフ爆弾を担ぎ上げて
「なあ、姫さん……」
「?」
「その……ありがとう。こっちに呼んでくれてさ」
閉人は考える。
きっと、いや間違いなく、アラザール討伐が自分にとって最後の仕事になる。
エリリアの『継承』が完成し、『
そうなれば、あの夢の中の出来事のように、自分は日本へと帰ることになる。
それは、仕方のないことかもしれない。
だが、イヴィルカインが見せた夢のような、心の中に空虚な悔いが残るような終わり方だけは嫌だった。
「ごめんよ、こんな時に。言いたいことが色々あったんだけど、やっぱまとまらねぇや」
閉人は苦笑いし、頭を掻く。
(ああもう、こういう時にバリッと言えないのが俺の悪いとこだよなぁ……)
「……閉人さん」
エリリアは言いよどむ閉人の手を取った。
その手は、春の陽のように暖かく、優しかった。
「心配なさらなくても大丈夫ですよ。これからもよろしくお願いしますね、閉人さん」
閉人の不安を見て取ったかのようにエリリアは微笑みかける。
「姫さん……」
閉人は目頭が熱くなったのを感じたが、
(ん?)
ちょっと、話が食い違っている気がする。
「いやいや姫さん、だって俺は……」
もうお役御免なんだからさ。
閉人が言いかけたその時だった。
「ギ ア ア ア ア ア ア ア !」
アラザールが咆哮した。
その声音は、僅かに苦しんでいるように聞こえた。
ジークマリアが上手くやっているらしい。
「あらいけない。急ぎましょう閉人さん」
「あ、ああ! 急ごう」
(まあ、いっか)
まずはアラザールを倒してから。
その後は……どうにでもなれ。
閉人が頷くと、
†×†×†×†×†×†×†
「ハァ、ハァ……どうだ、貴様にも騎士道が身に染みてきただろう……ッ?」
「ギ ア ア ア ア !」
アラザールの竜血に塗れたジークマリアの問いかけに、アラザールは激昂する。
「ち、しぶとい奴め」
個体にもよるが、多くが人語を解し、高い論理的思考能力を持ち合わせている。
でなければ、魔術を行使できるはずもない。
だが、どうやら『
猛り狂い、本能赴くままに暴れる様は獣そのものであった。
そうでなければ、流石のジークマリアもここまで上手くは立ち回れてはいなかっただろう。
「マリィ!」
ジークマリアの視界の端に、エリリアが駆る
「姫様……ッ!」
ジークマリアは頷くと、最後の一辛抱とばかりに力を振り絞り、アラザールの気を引こうと槍を振るう。
「さあ、邪竜よ! 私の騎士道に則り、貴様の首を貰い受ける!」
その挑戦に、邪竜の目が僅かに歪んだ。
獣が獲物に対して見せる、純粋な悪意の笑みである。
あるいは、命に係わる強敵の登場によって生前の理性が一時的に回復されたのか。
「ギ ア ア ア !」
その全身から異様な魔力が噴出する。
「ッ!」
魔力が空気と混合し、ブレスの時と同じ可燃性の爆薬と化した。
死の領域が、アラザールの全身を包む。
「マリィ!」
「奴から離れろ!」
次の瞬間、アラザールの周囲が爆裂し、爆熱の嵐が巻き起こる。
ブレスの応用。
身体全体から放出した魔力で付近の空間を燃料と化し、同時に爆破する。
その魔術分類における名をランク4、火炎魔術『
またの名を、ドラゴンストーム。
『厄災』と恐れられた竜(ドラゴン)の、周囲を破壊し尽くし盤面をひっくり返す、切り札であった。
熱風がアラザールを取り囲んでいた全てを吹き飛ばす。
「マリィ!」
「ジークマリアァッ!」
熱風の煽りを受け、閉人たちの乗る
十分に離れていてこれである。
爆心地にいたジークマリアは……
「ア ?」
アラザールの目が上を向く。
アラザールの遥か頭上にて、ジークマリアが帆凧で飛びあがっていた。
「よし! 爆風を利用して上手く逃げた!」
閉人が喜んだのも束の間。
アラザールは口を開けてブレスを構える。
狙いは、ジークマリアであった。
「そうはさせねぇ!」
閉人は自爆するつもりで飛んでいた。
『ばびゅーん、どかん』を再現するからには、自分も吹っ飛ぶことになると何となく感じていた。
合理的な観点からだけではない。
自殺芸と言うか、不死身漫才と言うか、とにかくそういった宿命が閉人には課されているような気がしてならなかった。
それに、万が一爆発にエリリアが巻き込まれてしまったら大変である。
しかし、
「ギ ア ア !」
アラザールが、閉人に向けて火炎を吐く。
ブレスのような爆炎ではない。
その場しのぎの火炎魔法を、息に乗せて吹き出しているだけである。
ブレスの連鎖爆発と比べれば、そよ風にも思えるようなささやかな炎が閉人を薙ぐ。
「ハッ、んなのが効くかよ!」
表皮を焼かれたくらいではもはや怯みもしない閉人だった。
しかし、
「閉人! 早くそれを放せ!」
「……あっ」
閉人が気付いた瞬間、アラザールの火炎がドワーフ爆弾に引火した。
ドカン!
爆裂音と共に閉人の身体が爆風で巻き上がった。
「閉人さん!」
「何をやっている閉人!」
エリリアとジークマリアが同時に叫ぶ。
だが、それと同時に、奇妙なことに気が付いていた。
爆弾に吹き飛ばされた閉人が真上に飛ばされる飛行音。
それは、奇妙な音であった。
聞こえようによっては、『ばびゅーん』と聞こえなくも無かったのである。
「まだだ、まだ終わってねぇッ!」
叫ぶ閉人だったが、具体的な策は無い。
自由落下までものの数秒。
(あ、ヤバい! どうしよう!?)
ネタ切れに焦る閉人だったが、
「?」
耳に爽やか風が吹き、囁いた。
「全く、見てらんないね」
「!?」
その声は、確かにボリ=ウムの声だった。
「婆さん、婆さんなのか!?」
辺りを見回してみれば、イヴィルカインの時と同様、時間が止まっている。
だが、ボリ=ウムの姿は無い。
「言ったろう、アタシには未来が見えていた。アンタが此処でヘマこくのも織り込み済みさね」
カラカラと、枯れた笑い声がした。
二度と聞けないだろう笑い声が、閉人には哀しかった。
「そんな顔をしてないで、気ぃ引き締めな! 正真正銘、アタシにできる最後の手助けだよ。後はまあ、身体を張る事だね」
「ッ!」
まるで時間が巻き戻ったかのように何かが形を取り戻す。
爆散したはずの爆弾が、再び閉人の手に元のままで戻っていた。
ランク11、時空魔術『裏竜星時空門螺旋御霊会(リ・タキオン・スパイラル・アソシエーション)』。
時間の因果律を歪める魔術の最後の煌めきであった。
「そんじゃ、達者でね」
「婆さん……」
そして、時が動き出した。
悲しんでいる暇は無かった。
「ギ ア ア ア ア ア ア ア !」
アラザールはもう一度ブレスを吐こうと試みる。
今度は、邪魔者を焼き尽くすべく、本気のブレスを溜めこんでいる。
「やべ!」
焦る閉人の襟首を、ジークマリアが掴んだ。
いつの間にか、帆凧でここまで滑空してきていたのだ。
「閉人、歯を食いしばれ」
「ハァ!?」
ジークマリアは、閉人の襟首を掴んだまま、大きく腕を振り被る。
「行って来い!」
そして、(なぜか)閉人ごと爆弾をアラザールに投げつけた。
「うおおおおおおおお!」
気合と言うよりは、絶叫マシンに乗った時のような叫びが閉人の口から洩れる。
「これで、今度こそ!」
閉人がアラザールの口の中に突入したのと同時に、アラザールがブレスを吐き出した。
ドカン!
爆弾がブレスによって引火し、爆裂。
その爆風によって連鎖爆発するはずの息がアラザールの口へと逆流し、
ドッカァァァァン!
先程とは比べ物にならない爆発が、アラザールの口の中で巻き起こった。
アラザールは、鱗の防御が無い内部から身体を焼かれ、炎に包まれた。
「ギ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア !」
アラザールは断末魔を挙げ、のた打ち回った。
爆風が晴れてみれば、その頭部は著しく損壊しており、普通ならば即死だろうと思われた。
「あれが、
だが、それも限界であった。
アラザールは空中で苦しみもがく内にフェザーン上空から逸れ、ハイランダー山の麓へと墜落していく。
紅蓮の炎に包まれた巨体が雲海へと消え、やがて見えなくなった。
少しして、大地を揺るがすような地響きがした後、静寂が辺りを包んだ。
「やったのか……?」
帆凧で滑空するジークマリアを『風』で拾いながら、クシテツが呟く。
誰も、それに対して何も答えることが出来なかった。
ただ、風の吹く心地良い静寂だけが教えてくれた。
「勝った……」
上空で
「あれ……?」
見下ろしたフェザーンの光景に目をやった時、エリリアの脳裡に何かが走る。
立ち並ぶ家々の並びが奇妙な幾何学模様を成していることに、『気が付いてしまった』。
そう、『気付き』である。
まるで翼を広げた鳥のような、その『しるし』。
里を守るというバードマン達の使命の意味。
何故この戦いの場が継承の舞台になるか、その理由。
それらがパズルのピースのように組み合わさって、エリリアの中に一つの真実を照らしだした。
「全ては……『継承』のために?」
フェザーンが形成する幾何学模様『しるし』がエリリアの魂奥深くに眠る『原風景』を揺さぶり、そして……
「姫様!?」
天空から突如降り注いだ青い魔光が、エリリアの胸を貫いたのであった。
『断章のグリモア』
その33:
古来、その振る舞いは粗暴で時に『厄災』と称されたが、それは個体数が少なく文明や社会といった知的体系を持たなかったためである。
その証拠に、
竜が人から学び、人が竜に導かれる、共生の国。
『竜の
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