Loveletter

「オレン 来て」



 その日の帰り道で、リョウちゃんがいきなり言った。



 いつもなら、さっさと自分の家に帰るのに。



 リョウちゃんは、「ちょっと… 話がある」って、私の腕を摑んで自分の家へと連れてった。



 中学のころ以来、リョウちゃんの家に行くのはずいぶん久しぶりだった。

 久しぶりすぎて、ドキドキしてしまうよぉ~。



「これ、読んどいて」


「何…? これ……??」



 渡されたのは、リョウちゃんの『日本史』のノート。

 要点を細かくチェックして、まとめられていた。


 へぇ…。

 意外と、きちんと整理されているんだぁ…―。




「多分、ここ 期末で出るから~」


「へ?」


「何、キョトンとした顔してんだ。お前、今日”中間テスト”の成績が良くなくて、落ち込んでたんじゃねぇの?」



 そっか。もうすぐ、『期末試験』があるんだっけ。


 それにしても、今日 サオリが元気なかったのは、””じゃないんだけどぉ~…―。



 リョウちゃんは、とんだ勘違いをしていた。


 そのことに、少しホッとした自分と「気付けよ~」っていう自分と複雑な気分になっていた。



「書けた? 分からないことがあったら、教えてやるから」



 そう言って、リョウちゃんはカバンの中から何かを取りだした。



 何だろ…?

 手紙みたいだけど、Loveletterラブレターかな…?


 ちょっとだけ、覗いてみたい気もするけどぉ~。



 リョウちゃんは、ラブレターを読み始めた。



 何て、書いてあるんだろう?

 隣で読まれると、気になって仕方がない。



「何だよ。見んなよ~」



 リョウちゃんは、私の視線に感づいて隠すように背中を向けた。



「それ、もしかして 全部女の子たちからもらったもの?」



 図星だったのか、突然声をかけられてリョウちゃんは、一瞬…。

 ビクッて肩を震わせる。



「そうだよ。だったら、何っ…?」



 怖っ!

 何か、機嫌悪そうだけど……??



「あれ、取って」


「え… どれ?」



 分からなくて、躊躇ちゅうちょしてたら…。

 リョウちゃんの手がスッと伸びてきた。


 一瞬、お互いの手が触れあってドキドキした。



 狭い空間に、二人きり…―。

 つい、意識してしまう。



 そのとき、突然…―。

 リョウちゃんの手が、私の頭に触れた。



「お前、大丈夫?

 熱でもあるんじゃねぇ?」



 赤い顔して俯く私を 心配そうな表情で、下から覗き込むリョウちゃん。



 そんなにマジマジと見られちゃうと、余計に顔が見れなくなっちゃうよぉ~。



 狭い空間に、二人きり…――。




 …のはずなんだけど……。



 気のせいか、視線を感じる。



 次の瞬間、何か柔らかい物体が私の膝元でスリスリしてきた。



「ひゃっ!」


「こらっ! チビ。 どこ行ったかと思ったらお前は。

 こんなとこにいたのか〜」



 え…??

 チビ?



 リョウちゃんが、その物体をつまみ出すと…―。

 目の前に、猫ちゃんが現れた。



 か、可愛かわい~!



「どうしたの? …それ」


「あぁ 去年、道端に捨てられてたから拾って連れて帰った」


「でも、確かアパートって、ペット飼うの禁止だったよね?」


「そうだよ。だから、大家さんには内緒でここに置いてる」



 あ …そう。

 でも、名前が「チビ」って…。



 リョウちゃん言わく。


「拾った当初は、小ちゃかったから“チビ“って付けた」

 なんて言ってたけど、出逢ったときには、「チビ」だと思えないくらい成長していた。



 ふふっ 何か可笑おかしい…。

 ホント 単純なんだから〜。



 リョウちゃんと居ると、何だかいつも… ホッコリする。



 いつの間にか、緊張モードも抜けていた。



 そのとき、チビが私の膝の上に乗ってきた。

 その愛くるしい仕草に、一瞬でとしてしまった。



「可愛い~」


 チビの頭を撫でてあげると、このままスヤスヤと眠ってしまった。



 それを見たリョウちゃんは、「知らない人にはなつかないんだけどなぁ」って、言い残すと… すぐにまた何やら書き始めた。




「リョウちゃん、さっきから何 書いてんの?」


「何って… 返事だよ」



 リョウちゃんはノートの余白に、ラブレターの返事を書いているようだった。



 まさかそれはないだろうなって思っていたけど…―。



「…この中の誰かと、付き…合っちゃう…の?」


「まさか! 全部 断るよ」



 思い切って訊いてみたら、予想以上に強く反応してきて、ビクッてしてしまう。



「誰とも付き合う気ねぇし!」



 リョウちゃんは、思い出したかのように話し出した。



「ほらっ! 中学んとき、オレ ”部活”やってたじゃん。

 あんときは、それで結構楽しかったんだけどさ……」



 しばらく沈黙したかと思うと…―。



「…参ったよなぁ~。

 オレが 全国大会で優勝したから、卒業式のとき 校門から出られなくてさ…」



 そういえば、そういうこともあったなぁ~。



 あのころは、正門からも裏門からも出られず、結果的にはへいを乗り越えて帰ってきてたんだっけ。



 過去のことを思い出し、懐かしさが込み上げてきた。



「あのころ トオルくんモテてたもんね~」


「普通に、卒業したかったぜ。

 だから、空手も辞めたんだけどね」



 その日、初めてリョウちゃんが空手を辞めた理由が分かった。



「それに…。

 コイツの飯代めしだいも稼がなきゃならないし。なっ!」



 リョウちゃんは、私の膝の上でスヤスヤ眠っているチビを片手で持ち上げて言った。




「ちょっと、待ってて。

 これ 書いたら送ってやるから」


「え〜 いいよ〜 別に。家 近いし」


「遠慮すんなって。送ってくから…」



 いつもは、「送っていく」って絶対に言わないリョウちゃんが、今日は何故かやさしい。



「うん… じゃぁ 送ってもらおっかな」


「よしっ! じゃぁ 行こか」



 嬉しい一言に、ちょっぴり照れ臭かった。




 …――でも、サオリはまだ知らなかった。


 そのころは 今のこの状態が ずっと ずっと 続くと思ってた……。






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