第10話 傷薬をもらう

 黒髪の男が離れて行くと、傍にいたアルバートがミアの無事を喜んでくれる。


「ミア、無事でよかった!」

「アルバート君」

「本当に、良かった‥‥‥‥もうだめかと思ったよ」

「心配かけて、ごめんなさい」


 こうしてアルバートと話しているのに、助かったという実感が未だに湧いてこない。怒濤の展開に感情がついていかず、どこか冷めたような感覚がする。

 『限界を超えると心がマヒしたようになるのね』そんなことを思っていると、アルバートの後ろから子供達が遠慮がちに近寄ってきた。


「ごめんなさい」


 思い詰めたような声に顔を向けると子供達三人が泣きそうな顔を強ばらせてミアを見ていた。男の子はぶっきらぼうに、女の子は泣きそうな声で、


「‥‥‥‥悪かった」

「おいていちゃって、ごめんなさい」


 子供達が謝ってくる。


 だれど、あの状況では助けなんて期待する方が可笑しい。誰が悪いかと言われれば、転んで生きる機会をふいにしかけたミアが悪いだろう。『チャンスがあれば必ず掴みとれ、無くても自ら作りだせ』が信条のお父様には絶対に言えない。


「ううん、貴方たちは悪くない‥‥‥‥あれは、仕方なかったわ」

「でも‥‥‥‥」

「転んだ私が悪かったの、転ばなかったら助ける必要なんてないもの、‥‥‥‥だから、この話はおしまい」

「‥‥‥‥うん」


 子供達はホッとしたようで、罪悪感が無くなった訳ではないだろうが幾分か顔つきが柔らかくなった。




 皆が落ち着いついてきた頃、ミアの怪我を見てアルバートが痛そうに顔を歪めてきた。


「大丈夫?‥‥‥‥かなり酷く擦りむいてるね」


 ミアは自分の身体を見おろした。見た目は確かに酷いけど、大きな怪我ではないし実際はそんなに酷く無い‥‥‥‥と思う。


「大丈夫よ‥‥‥‥大きな怪我はないから」

「‥‥‥‥でも、もし、傷が残りでもしたら!‥‥‥‥女の子なのに」

「‥‥‥‥だ、大丈夫よ、傷薬をぬれば‥‥‥‥」

「ああ、傷薬か‥‥‥‥そうだね、後であの人たちに、分けてもらえないか聞いてみよう」


 大きな怪我ではないが勢いよく転んだときにできた擦り傷が、かなり痛々しく見えるようだ。顔の傷は自分では見えないが、腕や足の傷と同じなら見た目がかなり酷いのだろう、さすがに傷は残したくない。


「そうね、後で、お願いしてみるわ」


 話しているうちに徐々に本当に助かったのだと実感が湧いてきて、急に傷が痛みだし、目が潤んできた。

 誤魔化すように魔獣のいた方へ向き直ってみると、どこにも魔獣の姿はなく、赤毛の男と黒髪の男がミアたちの方へ歩いてきていた。



 赤毛の男と黒髪の男は近くまでくると、ミアを見て眉間にシワを寄せて目を細めた。


「うわ~! これは、ひどいね」

「確かに、これは‥‥‥‥さっきはじっくり見なかったが、ひどいな!」


 赤毛の男がバックから何か取り出してミアに手渡してきた。


「これ、傷につけときな」

「ああ、痕が残らないようにな」


 手渡たされた陶器の入れ物と男達を見比べる。


「え、これは‥‥‥‥もしかして、傷薬?」

「もしかしなくても、傷薬だよ」


 何だと思ったの? というように、赤毛の男に呆れたように笑われた。


 まさか貰えるとは思わず、お願いして譲ってもらわなくてわ、と意気込んでいただけに、拍子抜けしてしばらく傷薬を見ていた。

 そして欲しかった物を貰った嬉しさから満面の笑顔で「ありがとう」とお礼を言った。






 




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