第9話 全力で走るんだ
魔獣がいるのとは逆方向の山道は十メートル程行くと曲がり角になっている。
「外にでたら、全力であの曲がり角まで走るんだ」
アルバートの言葉に全員が恐怖と緊張に泣き出しそうなのを堪えて頷いた。
そしてアルバートを先頭に曲がり角を目指して走り出すが、あと少しというところで、ミアは石に躓いて転んでしまう。
「きゃっ」
全速力で走っていた勢いのままに地面に滑り込んだ。
そんなミアを、後ろから走ってくる子供達は逃げるのに必死で、見向きもせずに行ってしまう。先に曲がり角にたどり着いたアルバートがミアに気づいて引き返そうとする。
しかしこの時には、動いているものはミア達しかいなくなっていて、魔獣も気づいて追いかけて来ようとしていた。
ミアが痛みに顔を歪めながらも慌てて立ち上がろうとした時、アルバートの「ミア――!」という悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。それと同じくして背後から獣の唸り声も聞こえてくる。後ろを振り向くと、いつの間に近くにきていたのか、魔獣の腕がミア目掛けて降り下ろされるところだった。
ミアは咄嗟にぎゅっと目を閉じて死を覚悟するが、いつまで待ってもその時がこない。恐る恐る目を開けると、ミアの腕の太さほどの植物の蔓が巻き付いて魔獣をその場に縫いとどめていた。
そして魔獣が逃れようと、もがけばもがくほど蔓が魔獣の身体を締め上け、更に蔓は地面から数を増やしながら成長して魔獣を更にきつく締め上げる。
ミアが呆然として見ていると誰かに抱き上げられて魔獣から離される。
「何とか間に合ったな」
頭上からホッとしたような野太い男の声が聞こえてきた。
「ほんと、ギリギリだったよね~」
声のした方を見ると細身で赤毛のチャラい男が右の掌を魔獣に向けて立っていた。
緊迫したこの場には不似合いな赤毛の男のおもちゃを見つけた子供のような雰囲気に目が離せなくなる。
赤毛の男が見た目通りの軽い口調で、ミアを抱き上げている黒髪の男に話しかける。
「ああ~、今回そんなに、もたないっぽいわ~」
「ああ、解った」
そう言うと黒髪の男はミアを抱き上げたまま、急ぐでもなくゆったりとした足どりでアルバート達のいる曲がり角へと歩きだした。
ミアは自分を抱き上げている黒髪の男の顔をみると、精悍な男らしい顔立ちをしていて、赤毛の男と同じく二十代前半くらいだろうか。抱き上げている腕や胸からは身体を鍛え上げているのがわかる。
ミアは曲がり角へ着くとそっと下ろされて、優しい声で「ここにいて」と声をかけられ、赤毛の方へと戻っていく黒髪の男の後ろ姿を呆然と眺めていた。
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