第82話 前島さんのことについて①



 昼休みになり、俺は視聴覚室に顔を出す。



「失礼します」


「塚原か、どうした……っと、そちらは?」



 修先輩は、俺の後ろに隠れるように立っていた朝霧さんに気づいたようだ。

 俺は少し横にずれ、彼女を紹介をしようとする。



「彼女は……」


「は、初めまして。私は、中等部の朝霧と申します」



 が、俺が紹介する前に朝霧さん自ら自己紹介をしてしまった。

 自分からサッと名乗るのは実に彼女らしい。



「朝霧……、なるほど、彼女が塚原の言っていた朝霧さんか。まあ、そんな所に立っていないで入ってくれ」



 俺達は促されるまま室内に入らせてもらう。

 修先輩はこれから食事だったようで、机の上には弁当箱が置かれていた。



「昼食中にすいません。ちょっと確認したいことがあったんですけど……、また改めることにしますね」


「いや、構わない。二人とも弁当を持っているようだし、どうせなら食事をしながらではどうだ?」



 そう言われ、俺は朝霧さんに確認するよう視線を送る。



「あ、はい。私は大丈夫です」


「それじゃあ、ご一緒させてもらいます」



 俺と朝霧さんは、修先輩の隣に席に腰を下ろす。

 こういう時、普通なら向かい合うように座るものだが、視聴覚室の机の構造上それは難しいため、隣に座るしかなかった。



「それで、確認したいこととはなんだ?」



 弁当の蓋を開けながら、修先輩が尋ねてくる。



「その前に、一つご報告がありまして……」



 俺は照れくささから一回言葉を切り、一度深呼吸を挟む。



「実はこの度、朝霧さんと付き合うことになりました」


「……まあ、ここにその子を連れてきた時点でなんとなく予測はできていたが、そうか。おめでとう、塚原」



 修先輩は箸を止め、穏やかな笑みを浮かべながらそう言ってくる。

 その表情は、男でもドキリとするほどの美男子の風格を漂わせていた。

 俺はなんとなく朝霧さんの視覚に入らないよう、体の向きを調整する。



「……ありがとうございます。修先輩には色々と相談に乗ってもらっていたので、直接報告したかったんです」



 修先輩には、これまでも何度か朝霧さんのことについて相談させてもらっていた。

 この人の後押しがなければ、俺は未だに答えを出せていなかったかもしれない。



「礼を言われるようなことじゃない。俺は先輩として、塚原の相談を聞いたに過ぎないからな。それに、塚原には交換条件も出しているんだから、ギブアンドテイクの関係だろう?」



 朝霧さんのことを相談する条件として、俺は前島さんと友人関係になるように言われている。

 しかし、これは強制というワケではなく、あくまで善処して欲しいというだけの緩い条件だった。



「そうですが、正直俺の態度はあまり前向きだったとは言えません」


「しかし、結果的には郁乃と友達になってくれただろう?」



 確かに、最近は前島さんとも良好な関係を築けていると感じている。

 彼女の態度も少しずつ軟化してきているし、以前のように理不尽な物言いはしなくなってきていた。

 しかし、その要因の多くは、俺ではなく朝霧さんにある。

 彼女が間に挟まって緩衝材になってくれたからこそ、今の関係を築けたと言っていいだろう。



「結果的にはってだけですよ。正直、朝霧さんがいなければ、俺は前島さんと友達になれていなかったと思います」


「この場合は結果が重要だろう。それに、その朝霧さんが関わっていること自体、塚原がいなければあり得ないことだったハズだ」


「それは、そうかもしれませんが……」



 そう言われると確かにそうなのだが、自分としては積極的に取り組んだことじゃないので、なんとなく素直に頷けない。



「それに俺の方こそ、相談には乗ってやってはいたが、それが本当にお前のためになっていたとは正直思っていないぞ」


「そんなことありませんよ! 修先輩が相談に乗ってくれていなきゃ、俺はまだ自分の気持ちに素直になれていなかったですから!」


「そうか。ではそう思うことにしよう。だから塚原も、自分が役立たなかったなどとは思わず、俺の言葉を信じてくれ」



 そう言われてしまうと、俺からは何も言えなくなってしまう。

 ここで更にそんなことはないと言っても、修先輩を困らせるだけだからだ。



「それで、本題の方はなんなんだ?」


「えっと、それは前島さんのことなんですけど……」


「郁乃がどうかしたのか?」


「あの!」



 それまで黙っていた朝霧さんが、俺達の間に割って入るように声を上げる。



「坂本先輩、前島先輩と私達は、もう十分友達と呼べる間柄になれたと思います。だから、そろそろ良いのではないでしょうか?」


「良いとは?」


「塚原先輩が、登下校や昼食に付き合う件です」



 俺と前島さんは、なるべく一緒に登下校をし、昼食を取るよう言われている。

 しかし、それはあくまで友達になるためのコミュニケーションの一環であった。

 もう友達と呼べる関係となった今となっては、絶対に必要という程のことでもないだろう。



「成程。確かにその通りだな。それに付き合い始めた君達にとっては、余計な誤解を生むことになるかもしれないか」


「それもありますが、それだけじゃありません」


「と言うと?」


「坂本先輩、前島先輩と、もっと一緒にいてあげてください」


「……」



 朝霧さんがはっきりそう告げると、坂本先輩は黙ってしまった。



「坂本先輩が、別の大学に進学しようとしていることは聞いています。そのために、他に頼れる友人を作っておきたかったということも理解できます。……でも、それだけだと、やっぱり前島先輩が可哀そうです」


「……そうだな」



 修先輩は弁当のおかずをゆっくり口にしながら、表情を変えずに返事をする。



「あの、なんで坂本先輩は、前島先輩のことを遠ざけようとするんですか?」


「そう見えるか?」


「はい。坂本先輩は、明らかに前島先輩のことを遠ざけています」



 それは俺も思ったことだ。

 修先輩は前島さんの彼氏だというのに、俺と前島さんを一緒に行動させるばかりで、自分から一緒に行動することがほとんどなかった。

 休日には一応デートをすることもあったようだが、その頻度は昔に比べてかなり減ったと聞いている。

 何故そんなあからさまな遠ざけ方をするのか、不思議に思っていた。



「……やはり、少しあからさまだったか」



 修先輩は箸を置き、ペットボトルの水を一口飲みこんだ。

 そして、朝霧さんと視線を合わせ、静かに口を開く。



「俺は、迷っているんだ。本当にこのままで良いのかを、な」





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