第71話 朝霧さんと前島さんの関係



「へぇ~、結局そんな風に落ち着いたんだ」



 前島さんはパックのイチゴ牛乳を啜りながら、興味深そうに朝霧さんの話しを聞いている。



「はい。たまちゃんも嬉しそうにしていたので、本当に良かったと思います」



 朝霧さんは心の底から嬉しそうに笑みをこぼす。

 その笑顔があまりにも眩しかったので、俺は意識的に彼女から目を逸らし、前島さんに話を振る。



「それにしても、意外だったな。まさか、前島さんがこの件について話を聞いていたなんて」



「……アンタが何も言わないから、朝霧ちゃんから直接聞いたのよ」



 情報のソースは朝霧さんなのか……

 いや、彼女の交流範囲から考えればそれしかないのだが、それでも意外と言わざるを得ないだろう。

 麻生さんの件についてはプライベートな案件だし、てっきり朝霧さんは誰かに話したがらないだろうと思っていたのだが……



「あ、そうでした。駄目ですよ先輩、ちゃんと前島先輩にも説明しないと」



「え?」



 さらに意外なことに、俺が前島さんに何も説明していなかったことを、朝霧さんに責められてしまった。

 俺は俺で、あまり情報を広めまいと意識しての対応だったのだが……



「そういう気遣いは先輩の良い所でもありますけど、ちゃんと説明しなければならない人達もいるということです」



「ちょ、ちょっと朝霧ちゃん」



「前島先輩も、こういう事で遠慮しちゃ駄目ですよ? 二人は友達なんですから」



「う……」



 朝霧さんから『友達』という言葉を聞いて、前島さんは目を泳がせる。

 その言葉がこそばゆいのか、あるいは恥ずかしいのか、その表情は少し赤らんでいるようであった。


 もともと俺と前島さんの繋がりは、坂本先輩に友人関係になって欲しいと頼まれたことから始まっている。

 表向きの意図としては俺が虫よけになることだが、実は別の意図も存在していた。

 それが、彼女自身が友人を作れるような存在になることなのである。


 信じられない話ではあるが、前島さんは今まで、まともに友人と呼べる存在がいなかったらしい。

 それ故に、彼女は友人関係というものに慣れていないのである。



「でも、やっぱり一番悪かったのは先輩です。気遣うのは良いことですけど、ちゃんと説明しないと、あらぬ誤解を招いたりするかもしれないんですよ? 察してくれるだろうとか、理解してくれるハズなんていうのは、楽観的な考え方です。言葉にしないと駄目なことは沢山あるんですからね?」



「……はい。すいませんでした」



 朝霧さんは本当に中学生なのだろうか……

 いや、学年的にまだ小学生といっても過言では無いと思うのだけど、ちょっと大人過ぎる気がする。

 彼女は俺に助けられたというが、こんなしっかりした子を俺が助けたとは到底思えない。



「……はっ! あ、あの、説教みたいになってしまい、その、ごめんなさい! つい熱くなってしまって……」



「いや、いいんだ。俺が悪かったのは本当のことだし。もう少し周りに気を遣うべきだったよ」



 実際、俺は込み入った事情があるとだけ言って、前島さんを遠ざけていた。

 しかし冷静になってみると、それはただの言い訳だったのだと思えてくる。

 プライベートな部分を隠して伝えることなど、いくらでできたハズだからだ。

 ……恐らく、俺の中の前島さんに対する苦手意識が、そんなおざなりな態度に表れてしまったのだろう。



「前島さん、説明しないで悪かった。少なくとも、人助けのために動いていたことくらいは伝えるべきだった」



「へっ!? あ、そ、そうね! 今度からは気を付けてね!」



「……前島先輩?」



 調子に乗りかけた前島さんを、朝霧さんが笑顔で牽制する。



「うぅ……、えっと、アタシも、今度からはちゃんと聞くように、する……」



 その迫力に気圧され、前島さんの気勢は急速に萎んでいく。

 後輩相手に情けない、とは決して言えない。

 朝霧さんの笑顔には、俺でも気圧される程の圧力があったからだ。



「はい。じゃあ前島先輩、話を戻しましょうか」



「話って……、あ……」



 そういえば、この話題になったのは前島さんが咄嗟に話を逸らしたのが原因であった。

 もともとの話題は確か……



「はい。お弁当についての話です。前島先輩も、私達と一緒にお弁当を作りましょう」



「いや、アタシは……、親がアレだし、自分で作るのはちょっと……」



 そういえば、前島さんはいつも学食か、購買で買った菓子パンを食べている。

 ウチの学校の女子は弁当持参が多いので、前島さんは少数派と言えるだろう。



「もしかして、お料理に興味ありませんか?」



「いや、興味はなくもないんだけど……、アタシ、細かいことは苦手っていうか……」



 前島さんの視線が一瞬朝霧さんのお弁当に向けられ、すぐに逸らされる。

 あの反応からすると、朝霧さんの美しい見栄えのお弁当を見て、自分にはできないと思ったのかもしれない。



「大丈夫です。たまちゃんもお料理初心者でしたが、ちゃんと美味しいお弁当を作れてましたよ? 前島先輩も、坂本先輩に作ってあげたくないですか?」



「それは……、作りたいけど……」



「じゃあ、決まりですね!」



「うぅ……」



 前島さんが助けを求めるような目で俺を見てくる。

 しかし、俺はそれを無視することにした。


 恐らく、この経験は前島さんにとってもプラスになると思ったからだ。



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