第65話 中庭でイチャつく①



 四時限目が終わり、私は早速弁当を持って一年生の教室へと向かう。

 少し早足気味になっているのは、モタモタしていると彼が早々に逃げ出してしまいそうだからである。

 決して気持ちがはやっているからではない。



(……でも、杉山君が最速で教室を出ていると、間に合わないかもしれないわね……)



 三年生の教室が四階にあるのに対し、一年生の教室は二階にある。

 私がどんなに急いでも、人でごった返しているこの時間帯では、辿り着くまでにどうしても一分以上はかかってしまうだろう。

 そして今の杉山君の心理状態から考えれば、一秒でも早く教室を出ようとするハズ……



(って、何をホッとしているんだ私は……)



 杉山君がいないかもしれないことに内心少しホッとしかけて、すぐにかぶりを振る。

 ワザワザ保冷剤を首筋に仕込んでまで来たというのに、今更そんなことでどうするというのか。



(もし杉山君がいなかったとしても、行先は大体想像がつく……。ならば次はそこへ向かえばいい。それだけのことよ……)



 改めて覚悟を決めつつ、私はついに彼のクラスである1-Dに辿り着く。

 早速中を覗くと、既に半分近い生徒が教室を出た後のようであった。

 やはり遅かったか……、と思ったが、良く見るとドアの近くに立ち塞がる男子生徒の向こうに杉山君の姿があった。



「あ、良かった! まだ教室に残ってた!」



 思ったことをそのまま口に出てしまい、注目を集めてしまったが、まあ問題は無いだろう。

 むしろ、現状誤解を招いていそうな彼の立場を改善するきっかけになるかもしれない。



「「「ふ、藤原先輩!?」」」



 私の声に反応して立ち塞がっていた男子生徒達が振り返る。

 三人共、一般的な男子高校生よりもガタイが良く、ちょっと威圧感が強めだ。



(……もしかして杉山君、ピンチだった?)



 状況はよくわからないが、どうやら杉山君は彼らに足止めをくらっていたようである。

 私の登場に驚いているらしい杉山君の表情からは状況を読み取れないが、ここは一つフォローを入れた方が良いかもしれない。



「こんにちは。もしかして、貴方達が杉山君のことを引き留めてくれていたの?」



「え、あ、はい」



 私が笑顔で尋ねると、一人が緊張した面持ちで答えてくる。

 他の二人の反応から見ても、何らかの悪意があったようには見えない……気がする。



「そう。ありがとうね。それで、申し訳無いんだけど、杉山君のこと、借りてっていい?」



 いずれにしても、詳細はあとで杉山君に確認すればいい。

 今はとりあえず、彼を誘い出すのが先決だ。



「は、はい! 勿論です!」



「いや、ちょ、待ってください! 俺行くなんて一言も!」



 この反応は最初から想定済みである。



「でも、食べるでしょ? お昼」



 私は後ろ手に持っていた弁当袋を、彼らに見せつけるようにして揺らす。

 かなり恥ずかしかったが、予めシミュレーションをしていたのでテンパることは無かった。


 こうして、私は杉山君を連れ出すことに成功したのであった。





 ◇





「……それで、どういうことでしょうか」



「どういうことも何も、目的はさっき言ったでしょう?」



 私達は現在、中庭にあるオープンスペースに来ていた。

 一部の生徒が食事などに利用する場所だが、雨の多い今の時期は人気が無く、利用している生徒はあまり居ない。

 今の私達にとってはピッタリの場所と言えるだろう。



「それは聞きましたが、おかしいじゃないですか……」



「何が?」



「いや、だって、急に弁当を持ってくるとか……。それ、絶対先輩の分でしょ」



「そうだけど、何か問題ある?」



「ありますよ! これを俺に渡したら、先輩の昼飯はどうするんですか!?」



「別に、一食くらい抜いても大丈夫よ。ダイエットだと思えば丁度良いくらいだし」



 普段から食事には気を遣っているので、本心ではダイエットなど必要無いとは思っているが、痩せる分には何の問題も無い。

 まあ、自分で言った通り、一食抜いた所でどうなるとも思っていないけど……



「……先輩が食べればいいじゃないですか」



「それは駄目よ。さっきも言った通り、自信作なんだから」



 今日のお弁当の出来栄えは、自分でも中々だと思っている。

 正確には、昨晩のおかずが豪勢だったお陰なのだが、折角の美味しいお弁当なので彼に食べて貰いたいという気持ちが強い。

 その為ならば、一食抜くぐらいどうってことない。



(……私って、こんな色惚けた思考だったっけ)



 ほとんど無意識にそう思った直後、それを客観視することで自分が色惚けているのを自覚してしまった。

 急激に顔に熱が上ってくるが、保冷剤の冷たさを意識することで取り乱さないように意識する。



「……とにかく、それは杉山君にあげたんだから、ちゃんと食べてくれないと困る」



「困るって言われても…………。はぁ……、わかりましたよ」



 そう言って、杉山君は制服のポケットに手を突っ込み、取り出したモノを私の前に置く。



「コレ、俺の昼飯なんで、代わりに食べて下さい」



 少しぶっきらぼうな感じで菓子パンを渡してくる杉山君に、私は思わず素で笑ってしまった。



「な、なんで笑うんですか!」



「ううん、何でもないから気にしないで。それじゃあ、遠慮なく頂くわね」



 私はそう言って、彼に渡された菓子パンを手に取った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る