第40話 幸せの弊害
初めは気のせいだと思った。
……嘘だ。本当は、気のせいだと思いたかったのだ。
だって、あんな思いはもう二度と、したくなかったから……
◇
「タマちゃん!」
保健室のベッドで寝ていると、柚葉ちゃん達が様子を見に来てくれた。
「タマちゃん、大丈夫!?」
「こら! のどか! 保健室では静かにしなさい!」
「えぇ~、静流んだってうるさいじゃ~ん」
それまで静まり返っていた保健室が、途端に騒々しくなる。
養護教諭の佐和山先生がこちらを見ていたけど、ニコリと笑ってからすぐ仕事に戻っていった。
特に注意も無かったし、見逃してくれるということなのだと思う。
佐和山先生は非常に人気のある先生らしいけど、ああいう所あるから、生徒に好かれるのかもしれない。
「ほら、二人とも静かに。タマちゃんが困ってるよ?」
そう言って柚葉ちゃんが二人を宥める。
いつも通りの光景……、私はそれを見て、いつも幸せな気分で笑えていたハズだ。
でも、今は……
「……タマちゃん、本当に大丈夫? 凄く辛そうだよ?」
そんな私を見て、のどかちゃんが本当に心配そうに尋ねてくる。
その真剣そうな表情に、少しドキリとさせられる。
「だ、大丈夫、だよ。いつもの立ち眩みだから、すぐ治ると思う」
「……でも、ここの所毎日だよ? やっぱり、病院に行った方がいいんじゃない?」
静流ちゃんも、真剣そうに私の容体を気遣ってくれている。
二人とも、保健室に入って来た時とはガラリと雰囲気が変わっていた。
それだけ、私が重症に見えたのかもしれない。
(……駄目だ。みんなには心配をかけさせたくない。なんとか、笑顔を作らないと……)
「ほ、本当に、大丈夫だよ! 病院にはちゃんと行ったし、お薬も貰ったから!」
私は努めて笑顔を作りつつ、嘘を吐いた。
本当は病院になんて行ってないけど、こう言えば大体の人は安心するのだ。
「良かった。ちゃんと病院には行ったんだね?」
柚葉ちゃんが、透き通るような目で尋ねてくる。
そんな目で見つめられると、まるで全ての嘘を見透かされているような気分になる。
「う、うん。私、体が弱いから、ちゃんと行きつけの病院があるんだ」
それでもなんとか答えられたのは、これが嘘じゃないからだ。
嘘を吐かずに、ちょっとだけ話の軸をズラす。
この年齢で、こんなことばかり上手くなっていく……
「……そう。でも、無理はしちゃ駄目だよ? いくら薬で治っても、体力が回復しなきゃ同じだからね?」
「……うん。ありがとう、柚葉ちゃん。のどかちゃんも、静流ちゃんも、ありがとね」
◇
三人が去り、再び保健室に静寂が訪れる。
時折聞こえる佐和山先生のペン音が、その静けさを際立てるようであった。
(……これからのことについて、考えなきゃいけない)
最初の被害は、筆箱の中身だった。
カラーペンがいくつか、無くなっていたのである。
落としたのではないということは、断言できる。
何故ならば、次の日には違う色が無くなっていたからだ。
でも、それでも……、自分の勘違いであって欲しいという思いがあった。
誰かが勝手に借りて、返し忘れた……
そんな可能性だって、無くは無いと。
……だから、私は努めて気づかないフリをしたのである。
けれども、それがいけなかった。
恐らくだが、私の反応が無かったことが気に食わなかったのだろう。
今度は、教科書が意図的に曲げられていた。
(嫌がらせのエスカレート……、そうなることくらい、私なら理解していたハズなのに……)
女子のイジメは陰湿で、巧妙だ。
最初の内は、イジメとも呼べないような、嫌がらせから始まるのである。
持ち物を隠す、盗むというのは、その代表的な手口と言えるだろう。
対象となる持ち物は、ペンや消しゴムなど……、要は大した価値の無い物から始まる。
ポイントは、最終的に落としたとか、無くしたとかで片付けられるケースが多い所だ。
物が物だけに、あまり大事に扱われていることもないので、大抵の場合は泣き寝入りしてしまうのである。
その様子を見て、実行犯たちは暗い楽しみを覚えるのだ。
それで済めば、状況としてはまだ良い方と言える。
問題は、本当にそれに気づかなかった場合や、反応が薄かった場合だ。
実行犯は大事になることは望んでいないが、イジメの対象の反応が無いこともまた、望んでいないのである。
理由は当然、楽しみが減るからだ。
(……多分、彼女達の嫌がらせは、これからもっとエスカレートしていく)
このまま私が何もないフリを続ければ、彼女達の嫌がらせは日に日に増していくだろう。
かと言って、私が騒げば、柚葉ちゃん達にも迷惑がかかる。
(本当であれば、こうなる前に、何とかすべきだったのに……)
ずっと警戒していた……
それなのに気が緩んでしまったのは、今が幸せ過ぎたからだろうか……?
(……ううん、駄目だ。それを言い訳にしては、駄目)
悪いのはいつだって自分だ。
前と同じ状況になったとしても、それはやっぱり自分に原因があるからなのだ。
……あの頃から、何の進歩もしていないということである。
私に残された道は、やはりここを去るしかないのかもしれない。
(でも……)
今の私には、それを決断することができなかった。
友達との学校生活。それがどれほど幸せなことかを、知ってしまったから……
「失礼しまーす!」
私がウジウジと悩んでいると、元気の良い声と共に、男子生徒が保健室に入って来る。
柚葉ちゃん達の倍くらい大きな声だったので、少し驚いてしまった。
「ちょっと、ここは保健室よ? 静かに入ってきなさい」
「佐和ちゃん先生、そう硬いこと言わずに! どうせ誰も来なくて暇してたんでしょ!」
「だから静かにしなさい! 他の子が驚くでしょうが!?」
「ありゃ、先客がいたのか……。そりゃ失礼……って、もしかして……、麻生さん?」
そう言ってカーテンの隙間から顔を出したのは、あの塚本先輩であった。
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