第36話 先輩の部屋にお呼ばれ



 俺の名前は杉山 孝弘すぎやま たかひろ

 周囲には秘密だが、筋金入りのオタク野郎である。


 俺は現在、奇妙な状況に立たされている。

 立たされているというのは勿論、比喩というか表現の問題で、実際は座しているのだが……

 って、それは問題ではない!

 問題なのは、俺が今座している場所である。

 柔らかなクッション、ほのかに香る甘い匂い、そして控えめながらファンシーさを感じさせる乙女チックな部屋模様……

 そう、俺は今、腐女……、もとい婦女子の部屋にいるのである。


 ……その何が奇妙かって?

 愚問! まさに愚問である!


 俺のようなキモオタが女子の部屋に入るなぞ、奇妙と言うほか無いだろうが!

 そうでなければ、家族だとか、不応侵入以外に考えられまい……

 そう、これは間違いなく『世にも奇妙な~』だとか『警察密着〇〇時』などといった番組で扱われる案件なのだ!

 もちろん俺は不法侵入などしていないので、これは『犯罪』ではなく『奇妙』の方なのだが……



「飲み物持ってきたよ~、……って何正座してるの? 普通にくつろいでていいって言ったじゃない?」



「いや、これは、その……」



 俺がしどろもどろに返答しようとすると、先輩はピンときたような反応をしてニンマリと笑う。



「ふふふ……、さてはお主、緊張しておるな?」



 ぐっ……、図星なのだが、それが妙に悔しい……

 普段の俺なら当たり前だと開き直る所だが、ショート寸前の俺の思考回路では、そんな反応すらまともにできなかった。



「女子の部屋に入るのは、初めてかしら?」



「あ、当たり前です……」



 俺は目を合わさず、今度は何とか返答する事に成功する。



「当たり前って……、なんで?」



「な、なんでって、俺のようなキモオタが、女子の部屋に入る機会など、あるワケが無いでしょうが!」



 そんな当たり前のことが、何故わからない!?

 いや、まさか……、ワザとか? ワザとなのか?

 敢えて俺の口から、直接答えを聞くために……?

 だとしたら恐ろしい手合いである。

 汚い流石忍者汚い……



「いや私、忍者じゃないけどね……」



「っ!? 何故俺が思ったことを!?」



 まさか、この女……、サトリか!?



「あ、本当に考えてたんだ? いや、なんか失礼なこと考えてそうだったから、当てずっぽうで言ってみたんだけなんだど……」



 なん……、だと……

 つまり、俺はまんまと自分から白状したということか……

 いや、しかし、それにしたって勘が良過ぎじゃないだろうか?

 ひょっとして、女子は誰しもこのくらい勘が良いのか?

 だとしたら、日々俺の頭の中に浮かぶ不埒な想像も、見透かされている……?



「いやいや、そんな絶望的な顔されても……。本当にただの勘だし、なんでもわかるワケじゃないからね?」



「そ、そうですか……」



 俺は心の中でホッと息を吐く。

 いや、確かに冷静に考えてみれば、もし女子が皆そんな能力を持っていたとしたら、世の男子は生きていけないだろうしな……



「きっとアレよ。私もオタクだから、思考回路似てたってだけよ」



 そう言って、先輩はテーブルを挟んで俺の向かいにちょこんと座る。

 ガラス張りのテーブル越しに、先輩の美しい生足が見えて俺は思わず目を逸らしてしまう。



「はい、どうぞ。炭酸平気だって言ってたからコーラにしたけど、大丈夫?」



「は、はい。問題ありません」



 俺はコップを受け取り、一気に半分ほど飲み干す。

 それで少し落ち着きを取り戻すことができたが、油断した拍子に鼻から炭酸が抜け、涙目になる。



「アッハッハ! 涙目になってる! 本当に炭酸平気だったの!?」



「へ、平気ですよ! ちょっと油断しただけです……」



「そ、ならいいけど。……それより、先に飲んじゃうのは減点よ?」



「え、あの、すみません……?」



 俺は何故減点かよくわからず、反射で謝ってしまう。

 一体何が悪かったのだろうか?

 あれか? 客が先に口を付けたのがマナー的に悪かったとか?



「その顔はわかってないわね。……もう、まずは乾杯からでしょ?」



 先輩から解答を聞かされて、俺は増々混乱する。

 乾杯……? 一体何に対してだ……?



「鈍いわね~。決まってるでしょ? 『戦国TUBU 5』初マルチプレイを祝ってに決まっているじゃない?」



 初、マルチプレイ……

 ああ、そういえば今日呼ばれた趣旨はそんな内容だったような……



 って! わかるかそんなモン!!!!



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