第31話 親友に感化されてしまう
自分で言うのもなんだが、俺は中々にスペックが高いと思っている。
顔も美形ではないが悪くないと思うし、運動神経も高く、性格も良い(筈)。
多趣味故に話の幅が広く、コミュニケーション能力も高めだ。
……だと言うのに、モテないのは何故だろうか?
「塚本!」
呼びかけると同時に、俺に向かってパスをしてくる塚原。
俺はそれを受け取り、そのままディフェンスを躱して華麗にレイアップを決める。
「ナイス塚本!」
そう言って無邪気に笑いかけてくる塚原に、俺はなんとなくチョップをお見舞いする。
「痛っ! 何するんだよ!」
「いや、なんとなく腹が立って」
「なんでだよ!」
いや、だってさ、もうなんか理不尽過ぎると思うんだよな。
だってコイツ、今朝は美少女二人に挟まれて登校して来やがったんだぜ?
俺はハンカチを噛んで、それを草葉の陰で見守っていたのである。
「……ディフェンスに戻るぞ」
俺は塚原のツッコミには応じず、走ってディフェンスに戻る。
塚原は何か言いたそうな顔をしつつも、素直にディフェンスに集中し始める。
現在、俺達は体育の授業でバスケットボールの試合中である。
なんで外でバスケなんだよと思ったが、どうにも今日は授業の被りが多く場所が取れなかったらしい。
まあ、室内よりコートが狭い分、楽が出来るからいいんだがな……
(……しかし、ちょっと一方的過ぎて、流石に少し悪い気がしてきたぞ)
試合は、俺のチームが圧倒的に有利な状況にある。
スコアは既に、28 対 4とかなり酷い差がついてしまっていた。
15分の試合でこの差は、最早取り返しがつかないと言っても過言では無いだろう。
「酷いよ塚本君……、こんなの、あんまりだぁ……」
「……戦いとは、いつの日も非情なものだぞ、田辺。恨むなら、己の無力を恨むがいい」
「……昨日買ったJUJUの最新刊、貸すのやめようかな」
「んな!? 卑怯だぞ田辺!」
ニヤニヤと笑う田辺。
しかし、その直後に飛んできたパスを腹に受け、田辺は苦悶の表情を浮かべて地面に倒れ伏した。
「……貰っていくからな」
俺は零れたボールを拾い、そのままドリブルしてあっさりとゴールを奪った。
これで30 対 4である。
もうそろそろ止めた方がいいんじゃと思うが、残念ながらバスケにはコールドゲームは無い。
結局、その後は俺が手抜きをした甲斐もあり、点差は20点まで縮んで試合終了となった。
「塚本、なんで最後の方、手を抜いたんだ?」
「いやいや、流石に点差つけ過ぎだろうが……。トラウマになるぞマジで……」
「それは……、でも、手を抜いたら逆に相手に失礼じゃないか?」
「アホ、そりゃ真面目にスポーツに取り組んでる相手だけだ! アイツら、絶対バスケ嫌いになるぞ!?」
「む……、それもそうか……」
全く……、相変わらずコイツは真面目ちゃんである。
言ったらわかる奴ではあるんだがな……
(まあ、田辺達には後でフォローしておこう)
その田辺達は、現在心身ともにダウン中である。
これだけ一方的な試合になっては、それも仕方のないことだろう。
大好きなスラダンが嫌いにならないかが、少し心配だ……
田辺は無類のマンガ好きで、俺と同様ソフトなオタクである。
残念ながら、奴は俺のように運動神経も良くなければ容姿も良くないが、趣味は合うので長らく友好な関係を続けていた。
その田辺のチームは、田辺同様オタクを中心としたチーム構成であり、残念ながらスポーツができる者はほぼいなかった。
対して俺のチームはと言えば、俺も塚原も運動神経は良い方だし、他の面子も運動系の部に所属していることもあって、かなりの強豪チームとなっていた。
こんなの初めから詰みと言えるレベルだったのだが、教師からしてみれば各自の運動能力を見るという名目があったので、そのまま試合決行となったのである。
結果、こんなことになってしまったワケで、教師も少し苦笑いをしていた。
「……謝っておいた方がいいかな?」
「やめとけって、後で俺がフォローしとくからよ。まあ、アイツらもお前のことは良くわかってるだろうから、大丈夫だと思うぜ」
「そうだといいけど……」
塚原は気が強そうに見えるが、こういったことには結構気弱だったりする。
オンオフが激しいというか、まあ、極端なのだ。
この性格は中々に難がある方だと思うのだが……、だが……、こいつはモテる!
俺と同様、顔も中々で運動神経も良いし、性格だって融通は利かないが良い方であるのは間違いない。
俺と違って趣味は広く無いが、その分勉強も出来るし、コミュニケーション能力も高い。
つまり、スペック上は俺とほぼ互角なのである。
……だというのに、コイツは俺よりも明らかにモテるのだ。
なんとも理不尽なことだが、それが現実なのである。
特に、ここ最近のコイツのモテ方は異常としか言いようがない……
朝霧さんといい、前島さんといい……、なにか特殊なフェロモンでも出しているんじゃ? とすら思える。
……まあしかし、原因の一端は一応把握しているつもりだ。
コイツのお節介焼きな所が良い方向に働いている、というのはほぼ間違いないだろう。
何か問題ごとが発生した際、俺が無難に立ち回るのに対し、塚原は積極的に関わっていこうとする。
そして、結果として敵を作ることも多いのだが、同時に味方も増やしていくのである。
しかも、その行動で一時的に敵対した相手に対しても、そいつが困っていれば分け隔てなく協力を惜しまない。
そういった行動から、コイツは今の人気者(?)の地位を築き上げたのである。
正直、根が保守的な俺には到底真似出来ない芸当だ…
しかし、そうすることでモテるというのなら、俺も少しは積極的に問題ごとに首を突っ込むべきだろうか?
……いやいや、やはり柄じゃないな。
◇
「それじゃ、体育委員はボールを片しておいてくれ」
「了解でーす」
授業が終わり、体育委員である俺は先生の指示を受け、ボールを倉庫へしまいに行く。
「塚本、俺も手伝うぞ」
「いいって、コレ放り込んでくるだけだからよ」
「そうか。じゃあ、先に戻ってる。次の授業には遅れるなよ?」
「わーってるよ」
全く……、手伝ってくれようとする気持ちは有り難いが、ここまで来るとお前は母ちゃんかと言いたくなる。
まあ、俺の母ちゃんは塚原ほど面倒見が良く無いけど……
「……ん?」
体育倉庫へ向かっている途中、おかしな行動を取る女子が目に入る。
(制服を見る限り中等部の女子だが、何やってるんだ、アレ?)
その少女は、何やらプール脇の洗浄場から離れようとしたのだが、すぐさま戻って裏側に隠れてしまった。
一体何をと思ったが、どうやら体育倉庫から出てきた女子から身を隠したようだ。
(同級生か? でも、なんで隠れたんだ?)
そう思いつつも、何故だか俺も姿を隠してしまう。
正確には裏手から来たので立ち止まっただけなのだが、何となく面倒ごとの香りがしたため、出て行かなかったのである。
「実際、麻生さんが今日の授業出てたら、邪魔だったよね」
そんな声が聞こえてくる。
麻生さんというのが誰かは知らないが、あの様子だと恐らく先程の少女が『麻生さん』なのかもしれない。
制服のままだったし、会話の内容から察するに見学だったのだろう。
(……しかし、まあ人が聞いていないのをいいことに、好き放題言ってるなぁ)
これがリアル女子の怖い所である。
お喋り好きなのはいいとしても、すぐに他人の評価をし始めるのは如何なものか。
しかも、話題の中には朝霧さんの名前も出てきた。
ひがみ丸出しの内容は、正直聞くに堪えないレベルである。
「……じゃあさ、麻生さんを、やっちゃわない?」
(……本当に、聞くに堪えないな)
柄じゃないということは、十分にわかっている。
俺が出ていくことで、かえって状況が悪化することだって十分にあり得る。
しかし、そういった否定要素を思い浮かべながらも、俺の頭は出ていくべきだとGOサインを出していた。
どうやら、俺もアイツに影響されまくっているらしい。
(まあ、いいさ。結果的に俺もモテるようになるかもしれないしな……)
俺は、なんとなく感じる恥ずかしさを不純な動機で包み隠し、彼女達の前へ踏み出した。
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